Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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独断と偏見で選ぶ学会ベスト報告:有田伸「正規・非正規雇用間の就労上の負担の相違と賃金格差」

2016 年 10 月 8, 9 日に九州大学伊都キャンパスで行われた日本社会学会大会で私が見聞した報告の中で最も感銘を受けた研究です。例によって、ごく一部の報告しか聞くことができませんでしたので、あくまで私の独断と偏見ですが、ベスト報告は、

有田伸「正規・非正規雇用間の就労上の負担の相違と賃金格差:「突然の残業・休日出勤」の有無に着目して」
だーー! 非正規雇用の賃金が正規雇用よりも低いことを正当化する理由として、正規雇用の場合は、残業や休日出勤、転居を必要とするような勤務地の転換命令(いわゆる転勤)など、私生活の犠牲を強いられるので、それを補償するために賃金の上乗せがなされる(それが非正規雇用と正規雇用の賃金格差を生む)、という説明がなされることがある。このような説明を補償賃金仮説的ロジックと有田は呼んでいるが、このロジックが正しいのかどうか検証したのがこの研究である。

東大社研若年パネル調査の Wave 8 (2014) では、労働者に突然の残業があるかどうかと、突然の休日出勤があるかどうかをたずねている。この二つの変数と従業上の地位(正社員、パートなど、派遣の3カテゴリ)の関係、さらに、時給との関係も分析されている。分析の結果、確かにパートなどや派遣のほうが突然の残業や突然の休日出勤を強いられることが少ない(ただし、派遣は人数が少ないので有意にならない場合が多い)が、男性の場合は、このような突然の対応を強いられる人のほうがむしろ時給が安い傾向が見られる。女性は突然の残業も突然の休日出勤も時給に対して有意な効果を持たない。また男女とも突然の残業と突然の休日出勤を統制してもパート等ダミーと派遣社員ダミーの係数にほとんど変化はない。つまり、少なくとも日本の若年層に関しては、突然の残業や突然の休日出勤を保証するために賃金を上乗せするなどという麗しい慣行は、あまり存在していないということである。男性の場合はむしろ私生活を犠牲にさせられた上に時給も低いという、低階層の職にありがちな特徴まであらわれている。

分析の詳細などよくわからないのだが、この結果(の解釈)が正しいとすれば、補償賃金仮説的ロジックで正規雇用と非正規雇用の賃金格差を説明することはできないということだ。転勤については分析されていないが、日本の場合は転勤と昇進はセットになっていることが多いので、突然の残業や突然の休日出勤と同じ結果が出るとは思えないが、私生活の犠牲が単純に賃金で保障されているわけではなさそうである。むしろ、そのような突然の残業や突然の休日出勤がないということは、職業的地位に付随するさまざまな報酬の一部である、と考えたほうがいいと私には思える。機能主義的には報酬とは、賃金だけでなくフリンジベネフィットや福利厚生、学習機会など、さまざまな非金銭的なベネフィットを含む概念である。これらの報酬の大きさはある程度相関している(賃金の高い職のほうが福利厚生も充実し、学習の機会も多い傾向がある)ので、男性の場合は突然の残業や突然の休日出勤のある人のほうが賃金も低い、という分析結果が出たのかな、という印象である。ただし、女性の場合はなぜそうならないのかはうまく説明できない(そのようなすべての面で高い報酬を得ている女性がほとんどいないからなのか、女性の多い職ではこういった報酬の非一貫性が強いからなのか)。はっきりわからないことも多いが、それゆえに今後の研究の発展が期待されるし、この研究単体でも十分に興味深い知見を提供してくれている。

調査実習(学部2017)で読む論文
稲増 一憲・三浦 麻子, 2015, 「オンライン調査を用いた「大学生の保守化」の検証: 彼らは何を保守しているのか」『関西学院大学社会学部紀要』 (120): 53-63, 5/17.
蒲島 郁夫・竹中 佳彦, 2012, 『現代政治学叢書8: イデオロギー』東京大学出版会, 5/10.
吉川 徹, 1994, 「現代社会における権威主義的態度尺度の有用性」『ソシオロジ』39 (2): 125-137, 5/10.
小林 信一, 1992, 「「文明社会の野蛮人」仮説の検証 : 科学技術と文化・社会の相関をめぐって」『研究技術計画』6 (4): 247-260, 5/24.
三井 誠, 2015, 「Unscientific America 創造説、地球温暖化懐疑論: 米国は反科学主義といかに向き合うか」『中央公論』129 (2)中央公論新社: 190-195, 4/26.
Otto, Shawn Lawrence , 2013, 「政治家に見る反科学主義」『日経サイエンス』43 (3): 84-89, 4/26.
高 史明・雨宮 有里・杉森 伸吉, 2015, 「大学生におけるインターネット利用と右傾化 : イデオロギーと在日コリアンへの偏見」『東京学芸大学紀要. 総合教育科学系』66 (1): 199-210, 5/17.
ある社会的地位から見える景色:教育的地位と職業ハイアラーキーの構築

Freda B. Lynn and George Ellerbach, 2017, "A Position with a View: Educational Status and the Construction of the Occupational Hierarchy," American Sociological Review, Vol.82 No.1, pp.32-58.
私が職業評定パターンと呼んでいたものが学歴によってどう異なるのか分析した論文。社会階層論では、職業間に上下関係を想定することが多い(安田三郎のようにこれを拒否する人も若干いる)が、職業を序列づける基準は、収入、権力、必要なスキルレベル、のようにいくつか考えられ、何を基準にするかによって職業間の序列は変わってくる。そこで、基準は明示せずに、一般の人々に職業の地位の高さを評価してもらい、その平均値で職業をランキングすることがある。この個々の職業に対する人々の評価の平均値を職業威信スコアという。職業威信スコアは医者や裁判官のように必要な知識の水準が高く、習得に時間がかかる(しかも誰でも習得できるわけではない)ものほど高い傾向があり、多くの先進諸国であまり大きな違いがないことが知られている。とはいえ、すべての人が同じように職業を評定しているのかといえば、そういうわけでもなく、個人差がある。こういった個人差が評定者の学歴によってある程度生じている、というのが Lynn and Ellerbach の主張である。

それでは、評定者の学歴によってどのように職業評定が異なるのか。Lynn and Ellerbach は四つの仮説を提示している。第一に、高学歴者のほうが低学歴者よりも、職業評定の均質性が高い。なぜなら、高学歴者は大学のような高等教育機関で社会化されることで専門的知識やアカデミックなスキルの重要性を認識するようになるが、低学歴者ほどこのような社会化を受けないため、職業に対する評価が個性的なまま(つまりバラバラ)であるからだという。このような均質性/多様性は、職業評定間のマンハッタン距離で操作化されている。すなわち、個人 i (i = 1, 2, ..., N) の職業 j (j = 1, 2, ..., M) にたいする評価を xij とすると、個人 i の職業評定パターンは

であると私は定義している。個人 i と個人 k の職業評定パターン間のマンハッタン距離は
である。これを高学歴者どうしで計算した場合と低学歴者どうしで計算した場合では、高学歴者のほうが距離が近い(つまり、職業評定パターンが類似している)というのが第一の仮説である。

第二の仮説は、高学歴者のほうが上記のような教育訓練の必要な職種とそうでない職種の評価を明確に区別する (segregate)、というものである。すでに述べたように高学歴者は専門知識を高く評価し、そのような知識を身につけるため、長期の教育訓練を必要とする職業(高知識職とここでは便宜的に呼んでおく)も、高く評価しやすい。それゆえ、低学歴者よりも高学歴者のほうが高知識職と低知識職の評価を明確に区別する、という理屈である。評定者 i が両者をどの程度「明確に区別」しているかは、以下のように測定されている。評定対象となっている高知識職の数を a, 低知識職の数を b 、i が低知識職と高知識職に同じ評価を与えている組み合わせの数を c とすると、

をカテゴリー間密度と定義している。このカテゴリー間密度が小さい値を取るほど低知識職と高知識職は明確に区別されていると操作化されている。例えば個人 i が以下のように「あ」〜「こ」の 10 種類の職業に 1〜5 の五段階で評価しているとしよう。「あ」〜「え」の4つは高知識職、「お」〜「こ」の6つは低知識職であるとする。
高知識職 低知識職
5 5 4 3 4 3 3 2 1 1

5 と評価されているのは高知識職だけであるし、1, 2 と評価されているのは低知識職だけであるが、3, 4 は低知識職も高知識職も両方ふくまれている。低知識職と高知識職が同じ評価を受けている組み合わせの数は、c = 1×1 + 1×2 = 3 とおりであるから、カテゴリー間密度 = 3 / (4×6) = 0.125 である。

上記の二つの仮説が正しければ、とうぜん高知識職に対する平均評定と低知識職に対する平均評定の差は、高学歴の評定者ほど大きくなる傾向があるだろう。これは第三の仮説として定式化されている。

第四の仮説は、個人 i の評定の分散の大きさに関するものである。個人 i が高学歴者の場合、高知識職についての知識を多く持っているので、高知識職内の差異に詳しいだろう。それゆえ高知識職間の評価に差をつける、つまり、高知識職内分散が大きくなるはずである。いっぽう低知識職についてはあまり良く知らないので、差異は小さくなり、低知識職内分散は小さくなるだろう。逆に低学歴者は高知識職内分散が小さく、低知識職内分散は大きくなるだろう。これは Fararo Kosaka Model (FK Model) が想定しているのと同じ心理的メカニズムである。

1989 年の GSS データを使って 40 の職業に対する 9 段階の評定を分析の対象としている。低知識職と高知識職の区別は、その仕事で一人前になるために必要な教育訓練期間(DOT (Dictionary of Occupational Title) から来ていると推測されるが詳細は不明)の長さを元に分類しているが、どこで区切るかを一意に決めることは不可能である。そこで、90パーセンタイルや 50パーセンタイルなど区切り位置を変えて何度も分析しているようだが、どこで区切っても同じ結果が得られると言う。分析の結果 1〜3 番目の仮説は支持されたが、4番目は支持されなかった。ただし、1番目の仮説の検証は記述統計が示されているだけで、推定や検定がなされていない点には留意が必要だろう。4番目の仮説に関しては、単純に高学歴者ほど評価のバラツキが小さいという結果で FK Model 的な結果は観察されていない。

類似の分析はすでに Zhou (2005) によってなされているのだが、この論文は Zhou (2005) とは評価のバラツキを測定する指標が違っていて多角的に調べられている。また低学歴者と高学歴者の違いを社会化の効果とみなしており、おおむね説得的な結果が得られている。ただ議論がどんどん認知科学的な方向に進んでいっているので、 Zhou (2005) のほうが社会学的で私の好みにはあう。また、理論レベルでは、「象徴的境界」とか「カテゴリ化」といった概念が頻出するのだが、データの測定レベルでは、対象者に職業を分類してもらっているというよりは、9段階で評価してもらっているだけなので、理論が大げさな割に分析であまり役に立っていないのが残念な点である。言い換えれば、理論レベルでは職業評価とはカテゴリカルなものであると想定されているが、データのレベルでは連続的(量的)なものとして測定されているので、どうしても分析が恣意的な感じになってしまうのである(例えば職業を無理やり低知識職と高知識職に分類するなど)。とはいえ、こういった均質性やバラツキを積極的に主題にする研究はおもしろいと思っていて、可能性は感じるのである。

献本御礼:山口一男『ダイバーシティと「ダイバーシティ」:性別によらず多様な個人が生き生きと生きられる社会とは』
献本御礼:山口一男『ダイバーシティと「ダイバーシティ」:性別によらず多様な個人が生き生きと生きられる社会とは』お茶の水女子大学
講演録をブックレットにしたもので非売品のようです。ありがとうございます。勉強させていただきます。

山口一男『ダイバーシティと「ダイバーシティ」』
組織内政治と外圧:米国大企業によるリストラ計画の実行 1984-2005, Jung (2016)

Jiwook Jung, 2016, "Through the Contested Terrain: Implementation of Downsizing Announcements by Large U.S. Firms, 1984 to 2005," American Sociological Review, Vol.81 No.2, pp.347-373.
米国の大企業がどの程度ほんとうに人員削減計画を実行するのかは、組織内の政治プロセスによって規定されると主張した論文。米国の組織論では一時期 decoupling という概念が流行ったことがあった。ググってみると decoupling は脱連結、分離、デカップリング、などと訳されているようであるが、「本音と建前の使い分け」といった訳もあった。decoupling とは英語版の Wikepedia によれば「主に新制度派の組織論によって提唱された概念で、組織の実際の活動と組織の公的な方針のあいだのギャップを作り出し、維持する」ことである。Meyer and Rowan (1977) が最初にいい出したとされている。表向きは労働基準法を遵守すると言いながら実際はブラックな企業や、国際化しますといいながら実際はほとんど何もしない大学など、decoupling の例は枚挙にいとまがない。decoupling は、主に外圧を避け、組織(もっと端的に言えば経営者のような組織内の権力者)の自律性を維持するためになされると考えられているようである。

このような decoupling は人員削減計画の表明とその実行においても生じると言われている。すなわち、1980年代以来、米国の機関投資家は企業に対して人員削減を要求してきた。これに応じて経営者は人員削減計画を発表するのだが、その後その計画が実行に移されるかどうかはケースバイケースで、あまり実行されない場合も少なくないという。そこで Jung はどのような場合に人員削減計画は実行に移されやすい(あるいは移されにくい)のか明らかにしようとする。言い換えれば、decoupling が起きたり起きなかったりする条件は何か、というのが本稿のリサーチ・クエスチョンである。

Jung はいくつかの仮説を示している。まず、とうぜん外圧が弱かったり、一時的であれば、人員削減は実行されにくいだろう。株主は人員削減を求める主要な外圧と想定されているが、個人投資家や短期で売買を繰り返すような機関投資家は影響力が弱かったり、企業の長期的な業績や収益に関心を持たないので、人員削減を本当に実行させる外圧として機能しない。外圧となるのは、ある程度長期間その会社の株を大量に保有する機関投資家である。それゆえ、長期、大量保有の株主比率が高いほど人員削減計画は実行されやすいという仮説が示されている。

第二の仮説は、外圧に対抗する組織内部の抵抗運動、すなわち、労働組合の反対に関するものである。人員削減は労働者の解雇につながるはず(新規採用を抑制して自発的な離職による従業員数の自然減を待つこともできるが、大規模リストラの場合はそれだけでは不十分)なので、労働組合は人員削減計画の実行に反対するだろう。それゆえ組合の組織率が高いほど人員削減計画は実行されにくいと予想される。仮に実行されたとしても、その場合に組織の底辺の労働者だけを解雇して、管理職の地位を温存すれば、組合からの経営者に対する反発は非常に大きなものになると考えられる。それゆえ、労働組合組織率が高いほど管理職の削減もあわせて行われやすいと予想される。

第三と第四の仮説は、経営者に対する監視 (monitoring) と動機づけ (incentive) である。取締役会が株主の利益を損なっていないか経営者を監視していれば人員削減計画は実行されやすいだろうし、役員報酬に占めるストックオプションの比率が高いほど経営者は株価や配当を高めるよう動機づけられ、人員削減計画は実行されやすいだろう(本当に人員削減が長期的な会社の価値を高めると経営者が信じていればの話であるが)。

第五の仮説は、経営者の組織内権力の強さに関するものである。経営者にとって中間管理職は組織内の支配を徹底するためのエージェントなので、できるだけ減らしたくないものであると Jung は言う。それゆえ、組織内での支配を徹底する力のある経営者ほど底辺の労働者を解雇し、中間管理職の地位を守ろうとすると予想されている。

主なデータは米国の大企業(Fortune 誌に掲載)で 1965-2005年のあいだ trade されている(株式上場しているという意味か?)金融業以外の産業に主に分類される企業の中から産業別に層化してサンプリングされている。789 社のサンプルをリストワイズして 656 社に関して 1984-2005 年のあいだのパネル・データを作っている。従属変数は二つあり、一つは企業の従業員総数(の対数)であり、もう一つは従業員総数に占める管理職の比率(の対数オッズ)である。

主な独立変数は従業員の 1% 以上を減らす計画を過去二年以内に発表したかどうかを示すダミー変数である。ただし、仮説の検証のためにはこのダミー変数とその他の変数の交互作用効果を検討する必要があり、上記の五つの仮説に対応する調整変数 (moderating variables) が導入されている。経営者に対する監視は取締役会に占める社外取締役の比率で、経営者への動機づけは経営者の報酬に占めるストックオプションの比率で測定されている。経営者の組織内権力は経営者の在職年数で操作化されている(これが適切かどうかは疑わしい)。また企業ごとの組合の組織率が不明であるために産業別の組織率がかわりに用いられている。これについては Jung も問題だと認めていて、企業ごとの組織率がわかるが代表性の低い別のデータセットでも分析がなされている。

分析には固定効果モデルが用いられているが、推定は通常の最小二乗法 (OLS) ではなく、Seemingly Unrelated Regression (SUR: ググっても定訳は見当たらず)が用いられている。これは複数の異なる従属変数を予測する場合に、二つのモデルの残差の間に相関を仮定して同時推定するような推定法である。もちろん別々に OLS で推定しても OLS の前提となる仮定が満たされていれば一致推定量が得られるが、残差の間に相関があるならば SUR のほうが efficient である(つまりパラメータ推定値の標準誤差が小さくなる)らしい。構造方程式モデリングの一種ということになろうか。

分析の結果、上記の仮説はすべて支持されている。

論文のタイトル Through the Contested Terrain を直訳するならば「争議領域を切り抜けて」とでもなるだろうか。というのは、Contested Terrain という語は本文中にはほとんど出てこず、ゆいいつ結論の節に

... 人員削減を実行に移すためには、経営者は激しく争われている領域をなんとか切り抜けなければならない (muddle through highly contested terrain)... (p.367)
という表現が出てくるだけである。おそらく decoupling に関する議論ではあたかも組織が一枚岩の存在であるとみなしたり、経営者が組織を完全にコントロールできるとみなすような議論が多いが、実際には経営者の自由度は必ずしも大きいとは限らない、ということを強調したいのであろう。

テクニカルには、主な説明変数が人員削減計画発表のダミー変数だという点が気になった。とうぜん何人を(あるいは従業員の何パーセントを)削減する計画かによって、実際に削減する数も変わってくるはずなのに、なぜかダミー変数になってしまっているというのは不適切だと思う。

基本的な主張や仮説は、日本の企業風土を知っていれば「当たり前ではないか」と言いたくなるものが多いが、こういう当たり前の仮説を実証することが意外に難しいので、高く評価したい。また、こういった本音と建前の使い分けは日本文化の特徴とされることが多いが、米国でも似たような現象があるという点は銘記されるべきであろう(日米で程度の違いはあるかもしれないが)。個人的には、この種のロジックは非正規雇用の増減に関しても応用できるかもしれないので、興味深く読んだ。こういう企業内の政治過程はコーポレート・ガバナンスというキーワードのもとで論じられることも多いようなので、この種の議論はもっと勉強する必要があると思った。

盛山和夫・金明秀・佐藤哲彦・難波功士編『社会学入門』
---
ミネルヴァ書房
¥ 3,024
(2017-04-20)

いただきました。勉強させていただきます。どうもありがとうございました。
献本御礼:杉野勇『入門・社会統計学:2ステップで基礎から〔Rで〕学ぶ』
社会調査士科目の D, E, I に対応し、練習問題付きでちゃんと解答もあるらしいです。内容は記述統計からスタートして最後はマルチレベル・モデルまで扱ってあります。勉強させていただきます。どうもありがとうございます。
献本御礼:小林盾『ライフスタイルの社会学:データからみる日本社会の多様な格差』
本の帯にも
美容、食事、趣味、恋愛、結婚、就職、仕事、そして幸福感。私たちが生きていくこの社会には、すでに「ライフスタイル格差」が存在しているのか?
とあるように、社会階層と上記のような事柄の間に関係があるのかデータを使って検証している本です。個人的には容姿の階層間格差が気になります。どうもありがとうございました。勉強させていただきます。
献本御礼:武岡暢『生き延びる都市:新宿歌舞伎町の社会学』
いただきました。勉強させていただきます。どうもありがとうございました。
献本御礼:佐藤香編『格差の連鎖と若者3 ライフデザインと希望』
東大社会科学研究所のパネル調査の成果の一部です。どうもありがとうございます。勉強させていただきます。

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