Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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非線形関係の交互作用効果の推定
先日読んだ論文で、非線形関係の交互作用効果の推定の仕方がヘンだと思ったので、念のため書いておきます。例えば、Y を目的変数とし、X を予測変数として、これらは二次曲線の関係にあるが、その形状が大阪と京都では異なるとします。すなわち京都ダミーを Z とすると、
Y = b0 + b1X + b2X2 + b3Z + b4ZX + b5 ZX2 + E
ただし、E は残差、という関係が真の関係だとします。b0〜b5とX、E、に適当な数値を与えて Y を計算しプロットしたのが以下の図です。
二次曲線の交互作用の散布図
赤い点が京都で黒い点が大阪です。京都のほうが大阪よりも山が高いのがわかります。さて、このような関係を OLS で推定する場合、X と Z の交互作用だけでなく、X2 と Z の交互作用効果も当然指定すべきです。しかし、私の読んだ論文では X2 と Z の交互作用効果は指定せずに X と Z の交互作用効果だけを指定していて、ちょっと驚いたわけです。いちおう査読もされていたはずなんですが。もちろんたまたま b5 が 0 という場合もありますし、0 でなくても、X と Z の交互作用を指定するだけで有意な結果が得られる時もありますが、推定結果は誤ったものになってしまいます。ちなみに、この例に関して、主効果のみのモデル、X と Z の交互作用つきのモデル、さらに X2 と Z の交互作用も追加したモデルを OLS で推定した結果が下の表です。
=====================================================
                           モデル1  モデル2  モデル3   
-----------------------------------------------------
(Intercept)                37.86*** 38.52*** 48.88***
                           (3.65)   (4.17)   (4.55)  
X                           6.44***  6.41***  5.22***
                           (0.31)   (0.33)   (0.41)  
X二乗                      -0.13*** -0.13*** -0.10***
                           (0.01)   (0.01)   (0.01)  
京都ダミー Z               21.97*** 20.64*** -0.07   
                           (2.23)   (4.54)   (6.44)  
X x  京都ダミー Z                    0.05     2.44***
                                    (0.16)   (0.58)  
X二乗 x 京都ダミー Z                         -0.05***
                                             (0.01)  
-----------------------------------------------------
adj. R-squared                 0.85     0.85    0.87 
AIC                          771.68   773.56  758.12 
N                            100      100     100    
=====================================================
( )内は標準誤差, *** p < 0.001
もしもモデル2 だけを推定して、モデル3 を推定しなかったら、X と Z の関係は大阪と京都で違いはないという結論を誤って下してしまうでしょう。こういうわかりやすい事例の場合は、散布図を作れば誤りは避けられるのですが、実際のデータでは散布図や残差のプロットだけではそれを見抜くことができるとは限りません。やはりモデル3 も推定してみるのが正攻法といえましょう。というか、X2 と Z の交互作用が存在しないという強い理論的な根拠でもない限りモデル2 を推定する必要はないでしょう。あるいは経営学や経済学には私の知らない慣習や理論があって、モデル2 だけを推定すればいいってことになっているんでしょうか?
台湾と日本における進学率の上昇と教育機会の不平等

Shu-Ling Tsai and Nobuo Kanomata, 2011, "Educational Expansion and Inequality of Educational Opportunity: Taiwan and Japan," 『理論と方法』, Vol.26 No.1, pp.179-195.
Maximally Maintained Inequality (MMI) 仮説と Effectively Maintained Inequality 仮説を日台のデータで検証した論文。 Tsuai and Kanomata によると、MMI仮説は進学率の上昇が飽和するまでは、進学率の階級間格差が存続し、universal education のような状態が実現すると進学率の階級間格差は減少・消滅すると予測する仮説である。いっぽう、EMI仮説は進学率の上昇が飽和すると、同じ教育水準の内部での質的な違いに関する階級間格差が発生する(あるいは拡大する)と予測する。「同じ教育水準の内部での質的な違い」とは、この論文では、高等教育内部における短大と4年制大学の進学率に関する階級間格差のことである。すなわち、大学進学率が universal education と言えるような段階まで上がると、上の階級の出身者のほうが短大よりも大学に行きやすくなる(あるいはその傾向が強まる)ということである。

Tsuai and Kanomata も認めるように、この仮説を検証するうえで問題になるのは、どのぐらい進学率が高まれば(あるいはどのぐらい進学率の上昇がおさまれば)、進学率の上昇が飽和し、universal education の段階に達したと言えるか、という問題である。著者らは高校に関しては就学率 (enrollment rate) 90% と 80% を universal education の基準とし、高等教育に関しては進学率 (attaining rate for the eligible) 80% と 70% を基準としている。データは2005年のSSMとTSCS (Taiwan Social Change Survey) で、1946--1985年の出生コーホートが分析対象となっている。このコーホートに関して言うと、日本では1955年以降の出生コーホートでは80%、1960年以降のコーホートでは90%以上の就学率になっているという。台湾に関しては1980年以降の出生コーホートでは80%以上の就学率があるが、85年以前には90%に達していなかったという。大学に関しては台湾で1975年以降の出生コーホートで進学率が70%をこえたが、日本ではそこまでいっていないという。

分析は国別・コーホート別にロジスティック回帰分析を用い、(1) 高校以上 vs 中卒、(2) 高等教育 vs 高卒、(3) 4大 vs. 短大(本当は多項ロジットで分析しているが、高卒 vs. 短大の結果は示されていない)の3通りの分析結果が示されている。説明変数は、性別、父教育年数、母教育年数、父 ISEI (International Socio-Economic Index) である。Tsuai and Kanomata は父母の教育年数も「階級 (class)」とみなしているらしいのだが、そう考えると、結果はまだらに有意になったりならなかったりではっきりとした傾向を読み取ることは、私には難しい。(1) 高校以上 vs 中卒 と (2) 高等教育 vs 高卒に対する父の ISEI の効果だけを見ると、若干下がっているようにも見えるのだが、標準誤差の大きさを考えると有意な変化があるとは言い難い。(3) 4大 vs. 短大に関しては、台湾の父のISEI は有意ではなく、日本に関しても1966-1975年の出生コーホートでのみ有意になっている。MMI に関しては統計的に有意ではないが、上記の分析結果から Tsuai and Kanomata は肯定的にとらえている。EMI に関しては、MMIよりは否定的だが、明言を避けている。

分析そのものはしっかりしているし、結果も興味深いのだが、進学率の飽和、universal education といった概念が曖昧なため、 分析しても積極的に MMI や EMI を支持したり、反証したりすることが困難なのが残念な点である。日本の高校に関しては進学率の飽和は明らかで、universal education と言われても違和感はないのだが、80%ぐらいの就学率では universal education とは言い難いというのが私の実感である(Tsuai and Kanomata も 80% よりも 90% を基準としたほうが MMI仮説と分析結果の整合性は高いと述べている)。大学に関してはなぜか就学率ではなく進学率を基準にして、しかも10%ポイントもハードルを下げているのだが、恣意的な感じは否めない。

4大 vs. 短大に関しては多項ロジットなのだが、これも微妙なところである。考え方の問題だが、(3) 4大 vs. 短大に関して多項ロジットを用いるならば、(1) 高校以上 vs 中卒、(2) 高等教育 vs 高卒は順序ロジットを使って同時に推定すべきだと思うのだが、そうはなっていない(推定結果がきちんと収束しなかったりするので二項ロジットを使ったのかもしれない)。セレクション・バイアスを避けるという観点からは、多項ロジットと順序ロジットのほうがよいと思われるが、分析がどんどん複雑化するので、難しいところではある。また、父教育年数、母教育年数、父 ISEIのパラメータ推定値が不安定なのには驚いた。これらの説明変数は相関しているが、そのせいで不安定なのだろうか。

こういう分析の場合、コーホート別にせず、一括したサンプルで、コーホートと出身階級の交互作用効果をモデルに投入して分析するのが普通だと思うのだが、作業仮説が曖昧なので、より単純な分析法を選んだというところだろうか。

20年前なら、父教育年数、母教育年数、父 ISEI を「階級」と呼ぶなどということは到底考えられなかったと思うが、最近はこういう用語法を使う人が出てきているのだろうか。「階級」が教育年数とは異なる概念であることはもちろんだが、「階級」とはカテゴリカルな概念とされてきたので、ISEI は status の指標ではあっても class の指標ではないというのが、業界の常識だったんだが。

個人的には、4大 vs. 短大に関して台湾では父 ISEI がまったく有意ではなく、日本でも 1966-1975年の出生コーホート以外では有意でないということに驚いた。教育年数もほとんど有意になっていない。短大の凋落が日本で始まるのは、確かに1986年以降の出生コーホートという印象があるので、別に不思議な結果ではないのだが、興味深い。台湾の「短大」の中には、軍の学校や職業学校などいろいろあるので、日本の短大とはだいぶ性質が違うのだろうが、そのあたりも興味深く感じた。

科学のハイアラーキー?:科学的知識のコアとフロンティア

Stephen Cole, 1983, "The Hierarchy of the Sciences?," American Journal of Sociology, Vol.89 No.1, pp.111-139.
科学的知識のコアとフロンティアを分けて考え、フロンティアにおける様々な科学の類似性を主張した論文。Zuckerman and Merton (1971) によると、物理学を頂点とする通常科学では、研究者間のコンセンサスの程度が高く、社会科学ではコンセンサスの程度が低い。科学のハイアラーキーとは、物理学を頂点に、社会科学を最底辺に置くようなコンセンサスの程度と累積的発展の程度のハイアラーキーのことである。Cole によれば、Zuckerman らの説は科学的知識を均一な統一体と考えている点で不適切であるという。科学的知識は、その分野の基本的な理論や方法、範例 (exemplars) の部分(コア)と、最新の研究成果の部分(フロンティア)に分けて考えるべきで、コンセンサスの程度や累積の程度も、コアとフロンティアで異なるという。フロンティアにおいては、社会科学と自然科学の間にコンセンサスの程度の違いは存在しないというのが、Cole の結論である。

コンセンサスの程度も累積の程度も直接測定することは困難なので、間接的な指標がいろいろ検討されている。まず、コンセンサスの程度が低く、研究成果の体系化がなされていないと、学習に時間がかかるため、研究歴の短い研究者は、長い研究者に比べて不利になるといわれる。そこで、35歳以下の研究者で、平均より高い被参照回数をあげている者の比率をいくつかの学問分野について計算すると、表1 のようになり、平均的には理系の学問のほうが、若手の被参照率が高いが、数学が 11% と意外に低く、物理学も心理学と大差ないという結果になっている。

表1: 35歳以下の研究者に占める同分野の平均よりも多く参照されている者の比率(p.118より)
分野比率
地学 38
化学 29
物理学 25
心理学 24
社会学 13
数学 11
また、生化学、化学、物理学、心理学の5分野の研究者に対して質問紙調査を行い、同業者に対する評価をたずね、それらがどの程度一致しているのかについても調べられている。表2 がその結果であるが、1列名は、同業者60人の名前を挙げ、それに対する評価がどの程度一致しているのかたずねている。2, 3列目は同業者のうち優れた研究者を5人まであげてもらい、それらがどの程度一致しているのかを計算している(社会関係資本の測定における position generator と name generator に対応している感じ)。
表2: 同業者に対する評価の一致度(p.120 Table 3, 4 より作成)
  N 指標1 指標2 指標3
生化学 107 0.71 41 79
化学 111 0.69 34 61
物理学 96 0.63 47 77
心理学 182 0.74 32 64
社会学 145 0.76 36 81
指標1: 60人の同業者に対する評価の標準偏差の平均
指標2: 上位5人が得た票数の比率
指標3: 1 - 名前の挙がった同業者数÷総票数
指標によって結果はまちまちでどの分野で特に評価が一致しているとは言いにくい。さらに各分野の雑誌における被参照数の集中度を計算した結果が表3である。自然科学系のほうが平均的にみればやはり集中度は高いが、雑誌によるばらつきもかなりあり、一概に自然科学のほうが評価が一致しているとは言いにくいと Cole は言う。
表3: 被参照数の集中度 (p.122 Table 5 より作成)
  ジニ係数
生化学 0.21
化学 0.15
地学 0.1
数学 0.09
物理学 0.18
心理学 0.16
社会学 0.09
さらに National Science Foundation (米国で研究費の配分をしている機関、日本学術振興会に近い役割をはたしているらしい)に提出された Research Proposals への評価の一致度も調べられている。経済学といくつかの自然科学分野についての結果が示されているが、経済学は自然科学の平均よりもむしろ評価の一致度が高いという結果になっている。

また、自然科学のほうが社会科学よりも最近の論文を参照しやすいという説に対しても Cole は否定的で、単に自然科学のほうが社会科学よりも論文数が増加するスピードが速いというだけで、そのことを加味すれば特に自然科学のほうが最近の論文を参照しやすいことはないという。ただし、英文学に関して同様の分析をすると、やはり最近の論文を参照する傾向は自然科学や社会科学よりも弱い。しかし、社会科学に関しては経済学だけしか事例が挙げられておらず、さすがにこれだけでは信じがたい。

このような結果から、フロンティアにおいては、コンセンサスの程度は、どの分野でも大差ないのであり、むしろ自然科学と社会科学の違いはコアの部分にあると Cole はいう。社会科学においてはコアとなるような知識が相対的に少ないが、自然科学ではそれが多い。1970年代に出版された物理学、化学、社会学のいくつかの学部用テキストの文献リストを調べると、物理学と化学では19世紀あたりを中心に18〜20世紀まで幅広い年代の文献が参照されているが、社会学の場合、ほとんどが第二次大戦後に出版された文献である。自然科学のほうが歴史が長いということは大きな要因だろうが、1950年代に出版されたそれぞれの分野のテキストに関して同様の調査をすると、物理学と化学の参照文献にはあまり変化がないのに対して、社会学では最近出版された文献が参照されるため、参照文献のずれが大きかったという。

社会学の結果を経済学や心理学(心理学は自然科学というべきかもしれないが)に一般化できるかどうかに関しては疑問だが、社会学においてはコアとなるような知識が固まっていないという気はする。だから通常科学ではないということになるのだろう。また、社会科学において投稿論文の掲載不可率が高く、審査に時間がかかるというのは事実であるし、論文のイントロ部分をたくさん書かないと論文の価値を理解されにくく、自然と論文も長くなるというのもおそらく事実であろう。こういった事実について Cole は触れていないが、これはやはりコアの未成熟と関係あるのではないだろうか。Cole はコアとフロンティアを峻別して、フロンティアにおいては学問分野による違いはない点を強調するのだが、コアとフロンティアは当然深く関係していると考えられるので、もうひとつ納得できない議論である。しかし、コアとフロンティアを分けて考えるというのは適切であるように思うし、「コンセンサス」の程度とは何なのか考えさせられた論文であった。

Rスクリプト覚書き:vglm関数で平行性の仮定を置かずに順序ロジット
先日の数理社会学会で平行性の仮定を置かない順序ロジットについて阪大の院生の人たちが報告していたので、R でできないのか気になっていたのだが、vglm 関数を使えばそんなに難しくないことが分かったので、スクリプトをメモしておきます。
library(VGAM)
head(ugss) # 学部生のライフスタイル調査 
?ugss

# 目的変数の準備:ピアスの穴の数(なし、1〜2個、3個以上の3カテゴリの順序変数を作る)
pierce <- rep("None", nrow(ugss))
pierce[ugss$piercings==1 | ugss$piercings==2] <- "One or Two"
pierce[ugss$piercings > 2] <- "Three or More"
pierce <- factor(pierce)
xtabs(~pierce)

# 平行性を仮定しない
vglm1 <- vglm(pierce ~ sex + status, data=ugss, family=cumulative(reverse=T))
summary(vglm1)

# 平行性を仮定する
vglm2 <- vglm(pierce ~ sex + status, data=ugss, family=cumulative(reverse=T, parallel=T))
summary(vglm2)

# sex については平行性を仮定するが、status については平行性を仮定しない
vglm3 <- vglm(pierce ~ sex + status, data=ugss, family=cumulative(reverse=T, parallel=F~status))
summary(vglm3)

#モデルの比較(推定パラメータ数の昇順でモデルの順番を並べ替えてある)
dev1 <- c(deviance(vglm2), deviance(vglm3), deviance(vglm1)) # 逸脱度
df1 <- c(vglm2@df.residual, vglm3@df.residual, vglm1@df.residual) # 残差の自由度
np1 <- 1608 - df1 # 推定パラメータ数
rbind(dev1, df1, np1)

# AICの計算
dev1 + 2 * np1

# 上記3モデルの比較:尤度比検定の有意確率の計算
1 - pchisq(dev1[1] - dev1[2], df1[1] - df1[2]) 
1 - pchisq(dev1[1] - dev1[3], df1[1] - df1[3])
1 - pchisq(dev1[2] - dev1[3], df1[2] - df1[3])

高校生のアルバイトは非行を抑止するか

山本 功, 2005, 「高校生のアルバイトは非行を抑止するか」『犯罪社会学研究』30: 138-150.
高校生のアルバイトが非行に及ぼす影響を検討した論文。ハーシのボンド理論によると合法的な活動への「巻き込み(involvement)」が逸脱を抑止するという。クラブ活動や勉学などがわかりやすいが、アルバイトも合法的な活動なので、これに積極的に取り組んでいれば高校生であっても非行に走りにくくなるということが予測される。ただしハーシの研究でも中高生の就労やデートが非行を抑止するという結果は得られておらず、ハーシは高校生の就労やデートは合法的活動への巻き込み以外にも多様な要因と絡まりあっているため、指標として適切でないと示唆しているそうである。このような仮説が日本の高校生に当てはまるかどうかを山本は検証している。

最初のデータは、2002年に6府県からそれぞれ 3つ(計 18校)の高校を選び、それらの高校 2年生のクラスの中から3クラス(計54クラス)抽出し、合計 1509人のサンプルを得ている。非行(飲酒、喫煙、万引き)の自己申告を目的変数、性別、クラブ活動、大学進学アスピレーション、アルバイト(すべて二値変数)を予測変数としてロジスティック回帰分析をすると、アルバイトをしている学生のほうが、exp(1.24)=3.5倍のオッズで非行経験率が高い。また、同様の分析を最初のデータを一般群、警察に検挙された犯罪少年で高校2年生のサンプルを非行群として、行うと、やはり exp(0.27)=1.3倍のオッズで、アルバイトをしている学生のほうが、有意に非行群になりやすいという結果が得られている。ちなみに、他の変数の効果もすべて有意で、大学進学を希望しておらず、部活動もしておらず、男性であるほうが、非行に走りやすいという結果が一貫して得られている。最初の分析の自己申告は飲酒も含まれているので、アルバイトしていれば飲酒しやすいというのはいかにもありそうだが、2番目の分析は警察に検挙されているかどうかなので、飲酒に限らず検挙されやすいということである。

分析結果はボンド理論の予測とは正反対で、アルバイトをしているほうが逸脱しやすかったわけだが、山本は、(1) 分化的接触理論が予測するように、アルバイトを通して逸脱的文化に接触することで逸脱しやすくなっているのか、(2) あるいは因果の向きが逆で非行少年はお金がいるのでアルバイトをしやすいのか、(3) 出身階層のような第3の要因によって、アルバイトと非行が引き起こされている、つまり疑似相関か、という三つの可能性を提示している。しかし、雰囲気としては分化的接触理論のように、アルバイトが逸脱を引き起こしやすくしているという説を支持したい感じである。

コンパクトにまとまったいい論文である。高校ではアルバイトが禁止されている場合も多く(形骸化しているところも多いのかもしれないが)、アルバイトそのものが逸脱とみなされる可能性がある。それゆえ、アルバイトが合法的な活動への巻き込みになるのかどうかは微妙である。確かに働くことそのものは全く合法的であるが、校則や理想的な高校生像にてらすと逸脱になる可能性がある。これに対して大学でのアルバイトは社会的に公認されているような気がする。このことがアルバイトの持つ意味を高校と大学ではっきりと異なるものにしているような気もするのだが、このあたりの違いがどういう風にしてできているのか知りたいところである。

大学生のアルバイト経験とキャリア形成

関口 倫紀, 2010, 「大学生のアルバイト経験とキャリア形成」『日本労働研究雑誌』52 (9): 67-85.
大学生のアルバイトの量や質が「キャリア形成」にどのような影響を及ぼすか検討した論文。キャリア形成という語がどういう意味かさっぱり分からないので Wikipedia で検索したがヒットせず、Google で検索すると
「キャリア」とは、一般に「経歴」、「経験」、「発展」さらには、「関連した職務の連鎖」等と表現され、時間的持続性ないし継続性を持った概念として捉えられる。 「職業能力」との関連で考えると、「職業能力」は「キャリア」を積んだ結果として蓄積されたものであるのに対し、「キャリア」は職業経験を通して、 「職業能力」を蓄積していく過程の概念であるとも言える。 「キャリア形成」とは、このような「キャリア」の概念を前提として、個人が職業能力を作り上げていくこと、すなわち、「関連した職務経験の連鎖を通して職業能力を形成していくこと」と捉えることが適当と考えられる。 また、こうした「キャリア形成」のプロセスを、個人の側から観ると、動機、価値観、能力を自ら問いながら、職業を通して自己実現を図っていくプロセスとして考えられる(厚生労働省職業能力開発局, 2002, 『「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書』)。
つまり、キャリア形成とは職業能力を高め、職業を通して自己実現を図っていくプロセスということになる。大学生のアルバイトについての論文なので、今やっているアルバイトを遂行する能力をどうやったら高めることができ、アルバイトを通してどうやって自己実現するかについての研究と思われるかもしれないが、そういう論文ではなく、大学卒業後につくであろう仕事を見つけようとする意欲や自信についての研究である。具体的には
  1. 雇用コミットメント:将来自分の希望する仕事に就くことが重要だという考え
  2. 主体的キャリア行動:将来の仕事について人と相談したり、希望の仕事に役立ちそうな経験を積んだりするような行動
  3. キャリアの焦点:自分がどんな仕事や組織に向いているのか知っているという自信
  4. 職場メンバーとしての自己効力感: 職場の同僚とうまくコミュニケーションできているという自信
  5. 就職活動自己効力感:就職活動をうまくやれるという自信
ようするに心理面でどの程度就職活動の準備ができているのか、ということがこの論文で問題になっている「キャリア形成」の程度ということになる。まあ、自信があるからと言って本当に準備ができているとは限らないが、自信がないと予言の自己成就が起きてしまう場合もあるし、ある程度実際の能力を本人が把握している場合もあるし、自信(自己効力感というのか?)の有無はシュウカツ準備の程度のラフな指標になるのかもしれない。ただ厚労省のいうキャリア形成の意味とは(そして私の常識的な感覚とも)だいぶ違う意味で「キャリア形成」という語がつかわれている点には注意が必要である。全般にこの人の用語法はピンと来ないので、以下では適宜私の言葉で概念を言い換えているので、注意されたし。

このようなシュウカツの心理的な準備の程度は、大学生がやっているアルバイトの量や質から影響を受けるという仮説を関口はたてている。量に関しては多すぎても少なすぎてもダメで、アルバイトに従事する時間と、シュウカツの心理的な準備の程度は、上に凸の二字曲線の関係にあるという。また (1) 多様なスキルを必要とし、(2) 職務の自由度が高く、(3) 主体的なジョブデザインを行える(行う)アルバイトをしているものほど、シュウカツの心理的な準備ができているという。主体的なジョブデザインとは自分の判断で業務を追加したり、変更したり、同僚と積極的に関わったり、仕事の意味をとらえなおしたりすることである。ようするに複雑性が高く高度な判断を必要とするアルバイトに積極的に取り組んでいる大学生ほどシュウカツの心理的な準備が整っているという仮説である。また、アルバイト時間とアルバイトの複雑性のあいだには交互作用効果があり、アルバイトが複雑であれば長時間アルバイトをしなくてもシュウカツの心理的な準備は整う(つまり負の交互作用効果がある)という仮説がたてられている。

データは 2008年の 6〜7月に大阪大学と和歌山大学の経済学部の授業中にまかれた自記式の質問紙調査のようである。対象からは就職活動中または就職活動を終えた4年生を除外している。現在アルバイトをしていない学生の扱いについては不明。有効サンプルサイズは123。シュウカツの心理的な準備は上記の5つの指標で測定されているので、それぞれに関して OLS で回帰分析を行った結果、アルバイト時間の上に凸の曲線的効果は、主体的キャリア行動と職場での自己効力感についてのみ 5%水準で有意であった。アルバイト時間の線形な効果はどれも有意ではなかった。また、主体的ジョブデザイン行動とスキルの多様性はおおむね仮説通りの有意な効果があったが、アルバイト時間との交互作用効果については、スキル多様性についてのみおおむね仮説通りの結果が得られた。残りの二つに関してはアルバイト時間との交互作用効果は有意でないか、逆にプラスの有意な効果が出ており、仮説は支持されていない。ちなみにシュウカツの心理的な準備が最も高まるのは、主体的キャリア行動の場合は週20時間、職場での自己効力感の場合は週12時間ぐらいと推定されており、けっこう長時間働かないと効果は低減しない。

扱っている概念がよく似ているうえにたくさんあるので、この分野の専門家以外にはなかなか理解されないのではないだろうか。私にはこのブログを書くまでさっぱりわからなかった。いろいろ事情があるのだろうが、もう少し指標の数は絞り込んでほしかった。また、関口は10%水準で有意の場合も、有意とみなしているようなのだが、この業界ではこういう甘い基準が許されているのだろうか。まあ社会学でもときどき見るが。因果の向きについては著者本人も自覚していて、最後に少しふれてあった。ようするに複雑な仕事をしていたり、長時間アルバイトをしていると、シュウカツに関しても自信が持て、積極的に取り組む準備が整いやすいという話なのだが、フリーターの研究では、高校時代のアルバイトはフリーターになる確率を高めるという議論もあり、高校と大学ではアルバイトの持つ社会的な(あるいは学生本人にとっての)意味が異なるのかもしれない。

基本的に「キャリア形成」=シュウカツの心理的な準備が整うことは良いことだ、という論調で書かれているのだが、そこに共感できないため、私にとってはさらに読みにくい論文であった。確かに新卒一括採用のシステムを前提にして考えると、就職活動は非常に重要で、自分にあった、いい仕事を見つけることは学生にとって人生の一大事だ。そこを否定する気はないのだが、大学の1、2、3年生の6〜7月ごろならまだ、そんな準備なんか整ってなくてもいいんじゃないか、合わないところに就職しても転職すればいいじゃないか、といいたくなるのである(転職も容易ではないのだが)。また、就職活動そのもののプロセスの中でシュウカツに必要な心理的な構えみたいなものは急速に形成されることも多いと思うので、そんなにあわてて「キャリア形成」する必要があるのか? とは言いたい。ただし、論文の基本的主張にはそれほど違和感はありません。交互作用効果のモデルがヘンなことやサンプルがたぶん国立大の経済学部に限定されているという点には留意が必要だとは思いますが。

大学院入試対策にお勧めの社会調査関係参考書
大学院進学希望の学生さんから社会調査関係の参考書を聞かれたので、いくつかあげておきます。ただし、いわゆる質的調査に関するものは除外して考えています。最初の二つは標準的な社会調査の教科書で勉強になると思います。どちらも書き手の思想が感じられて私は好きです。三つ目は拙著ですが、最初の二冊ではカテゴリカル・データに関する記述まで手が回っていないので、それを補うという意味で。それから、
ハンス・ザイゼル(佐藤郁哉訳), 2005, 『数字で語る:社会統計学入門』新曜社.
も古典的ですが、いいテキストです。あと、しっかり推測統計学を勉強したいならば、すでに絶版のようですが、
ウォナコット・ウォナコット(国府田 恒夫 訳), 1978, 『統計学序説』培風館.
もいい本です。ほかにもきっといいテキストが最近は出ているだろうと思うのですが、チェックしきれていません。
献本御礼: The Transformation of Japanese Employment Relations: Reform without Labor
戦後の労働政策の歴史、特にこの二、三十年の規制緩和をふまえて、労使関係の変容について論じた本のようです。こういうことはかえって英語の本のほうがわかりやすいので、ちょうどよかったです。勉強させていただきます。
方法論的ミームとモーレス:社会研究の社会学を目指して

Erin Leahey, 2008, "Methodological Memes and Mores: Toward a Sociology of Social Research," Annual Review of Sociology, Vol.34 No.1, pp.33-53.
社会科学に関する科学社会学的研究のレビュー。しかし期待はずれ。相対主義的な批判ではなく、建設的な議論のために科学社会学の知見を使うべきであるという考えには賛同できるが、紹介されている研究成果というのが、データ・エディティングのやり方やインタビューのやり方にかなりばらつきがあるといったもので、そんなの当たり前だろう? といいたくなるような「発見」ばかりでぜんぜん面白みがない。また、社会科学の社会学という新しい研究分野を作り出すというココロザシには共感するが、紹介している研究にどういう意味があるのかを解釈するための枠組みがないので、ただの寄せ集めになってしまっている。残念。

Hard Science とSoft Science の違いをめぐって

Derek J. de Solla Price, 1970, "Citation Measures of Hard Science, Technology and Nonscience," Carnot E. Nelson and Donald K. Pollock (ed.) Communication Among Scientists and Engineers, D. C. Heath and Co., 3-22.
William D. Garvey, Nan Lin and Carnot E. Nelson, 1970, "Some Comparisons of Communication Activities in the Physical and Social Sciences," Carnot E. Nelson and Donald K. Pollock (ed.) Communication Among Scientists and Engineers, D. C. Heath and Co., 61-84.
Warren Hagstrom, 1970, "Factors Related to the Use of Different Modes of Publishing Research in Four Scientific Fields," Carnot E. Nelson and Donald K. Pollock (ed.) Communication Among Scientists and Engineers, D. C. Heath and Co., 85-124.
すべて同じ本に所収。いわゆるマートン派科学社会学の初期の著作ということになるのだろうか。この本には他にも色々な論文がおさめられているが、今関心のある三つだけを読んだので、これらに限定して紹介する。40年以上前の本なので、内容も分析も primitive なレベルにとどまっており、「昔はのんびりしてて良かったなー」とつい思ってしまうのだが、パソコンなどない時代なので別の苦労がいろいろあったのだろうとは思う。

さて、最初の Price 論文は、Hard Science, Soft Science and Nonscience を分ける基準として、参照文献中に占める最近5年間に出版された文献の比率(これを Price's Index という)を提唱している。Hard Science とは数学化されたより厳格なロジックと証拠調べを求められるような科学のことで、物理学が典型的なのだろう。Soft Science とは、そこまで厳格ではなく、Nonscience はそもそも科学とは言えないということになろう。これらの間に線引きをすることは目的とされておらず、程度の問題と考えられているようであり、そもそも明確な定義はなされていない。Hard Science の特徴として「累積性」ということがいわれることもあるが、Price はこのような基準よりも、論文の爆発的な増加と、古い論文があっという間に重要性を失い忘れ去られていくという点に注目している(それを累積的発展と呼ぶのではないか、とつっこみたくはなるが、厳密には違うだろう。忘れられていくからと言って累積しているとは限らないから。)。それゆえ Hard Science の論文が他の文献を参照する場合、古い文献よりも新しい文献の重要性がずっと高く、新しい文献が文献リスト全体に占める比率が高くなるというわけである。1965〜1970年あたりのさまざまな学問分野の雑誌の Price's Index がたくさんあげてあるのが、その中からわかりやすいものをいくつかあげると、Physical Review は 0.72, Astrophysical Journal が 0.66, American Zoologist が 0.47, American Sociological Review が 0.35, American Journal of Sociology が 0.60, Economic Journal が 0.36, American Journal of Mathematics が 0.29, American Literature が 0.04 といった具合で、雑誌によるばらつきも大きいが、それなりにもっともらしい数字にはなっている。

だからどうした、といいたくもなるのだが、相互参照が科学/学問というものを性質を考える上で非常に重要だというアイディアは Price のものらしく、基本文献としてときどき参照される。

次の Garvey, Lin and Nelson の論文は、研究の着手から最終的な研究成果の出版に至るまでのプロセスを、研究者に質問紙を送って調べたもの。だいたい 1965 年ごろのデータらしい。自然科学 (physical science)、工学、社会科学に3分類すると、出版までのプロセスにはそれほど大きな違いはないが、社会科学は出版に時間がかかるという点が強調されている。基本的には、内輪の研究会などでの報告にはじまり、学会報告前後に草稿を書き、同じ分野の研究者に読んでもらう。そして論文の投稿・出版という流れは3つの分野でそれほど大きな違いは見られない。顕著な違いは学会発表後に投稿・審査・出版にかかる時間で、自然科学と工学では、発表が終わった後、出版までには平均で8カ月程度かかっているが、社会科学では14カ月かかっている。これは審査にかかる期間が4カ月ほど長く、さらに執筆そのものにも時間がかかり、さらに投稿しても掲載されない確率が相対的に高いことに起因している。これも「だからどうした」、と言いたくなるが、今となっては自明でも当時としてはそれなりに発見だったんだろうと想像する。

最後の Hagstrom 論文は論文の reprints と preprints に関する研究である。reprints とは抜きずりに該当し、preprints は未発表稿となろう。数学者はあまり reprints を使わず、生物学者がよく使っている。 preprints は物理学者がよく使っており、その他の自然科学ではあまり使われていない。そのあと reprints と preprints の数を目的変数として回帰分析がなされているが、何の意味があるのかわからないので割愛。

ただデータを提示するだけでいいなんて、なんて簡単なんだろう! という感は禁じえない。今日の社会学の場合、データ示すだけじゃ論文にならないんだよなー。分野によっては分析結果だけしかないような論文もあるけど、あれってうらやましいような、気の毒なような、微妙な感じである。

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