Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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「行き止まりか、跳躍台か? ジェンダーと非正規/不完全雇用履歴の帰結」 (Pedulla 2016)

David S. Pedulla, 2016, "Penalized or Protected? Gender and the Consequences of Nonstandard and Mismatched Employment Histories," American Sociological Review, Vol.81 No.2, pp.262-289.
非正規雇用や不完全雇用が職歴にあることが雇い主の採用意欲にどう影響するのか、男女別にフィールド実験で調べた論文。非正規雇用研究では、非正規雇用が trap か stepping stone かという問題(一度非正規になるとその後正規雇用になるのが困難になってしまうか、それとも失業状態から雇用への架け橋として非正規雇用が機能するか)が論じられており、オランダとスウェーデンの職歴やパネル・データの分析からは、長期失業するよりはマシだが正規雇用を続けるよりは不利(つまり、失業から雇用への跳躍台になるという意味では stepping stone だが、正規雇用よりも不利という意味では trap)という結果が得られている(Korpi and Henrik 2001; Steijn et. al 2006; Gangl 2010)。 男女差も無くはないが、それほどはっきりした傾向はないという感じである。このような非正規雇用の不利は、雇い主の非正規労働者に対する評価を通して生じていると考えられる。つまり、雇い主が、非正規雇用の前歴がある求職者の能力は低いとか、仕事熱心ではないとか評価するので、正規雇用にずっとついてきた求職者に比べて不利になるという理屈である。もしもそうだとすると、非正規雇用の前歴の効果は男女で異なるかもしれない。男性はリタイアするまで仕事に強くコミットすることが要求されるのに対して、女性には家事や育児の責任が求められ、男性ほど仕事に強くコミットすることが期待されていないのは米国でも同じである。それゆえ、男であるにもかかわらず非正規雇用の前歴があることは能力の欠如のしるし (signal) であるが、女性の非正規雇用の場合は家庭責任を優先しているだけで必ずしも能力の欠如のしるしではない、と雇い主は考えるかもしれない。そこで、このような評価を雇い主が本当にするのか検証したのがこの論文である。

フィールド実験では、実際の求人に対してニセの履歴書を 2つ送りつけて、面接などの肯定的な返事が帰ってくるかどうかを調べている。ニセの2つの応募は、一点を除いてほぼ同じである(完全に同じだと雇い主から怪しまれる可能性があるので実験条件以外にも多少の違いをランダムに作ってある)。一方は直前の職が正規雇用または失業状態で、他方はパート、派遣、または不完全雇用である。不完全雇用とは、求職者のスキルレベルより顕著に低いスキルしか必要ない仕事のことで、この実験では、求職者はすべて中西部のランキングが同程度の2つの公立大学のうちどちらかを卒業し、その後 2年間働いてから転職し、その次の仕事を4年半つとめたあと、さらに転職したことになっているのだが、この最後(直近)の仕事が、大規模小売店の販売員 (sales associate) で、それ以前の仕事が専門職など明らかにもっとスキルが必要な仕事であったのに対して、顕著に必要なスキルレベルが低くなるようにしてある。非正規雇用や正規雇用、失業に関しても学歴、初職、第二職は同じだが、三番目の職だけが非正規雇用だったり、失業状態だったりするように作られている。

このような履歴書を、ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス、シカゴ、ボストンにある会社の求人に対して送りつけている。ただし、2012年11月から2013年6月までに全国規模のオンライン求人サイトにあがってきた求人で、条件に合うもの(職種は管理職、販売職、会計に限定)をサンプリングしている。有効サンプル・サイズは 2420。従属変数は肯定的な連絡(面接などの通知が電話などで返ってくるかどうか)で、分析の主要な結果は、以下の図(p.274 より転載)のようになる。

  • 検定は正規分布を使った単純な平均値の差の検定
  • * 同じ性別の Full-Time と比べたとき p < .05,
  • **       〃         p < .01
  • + 同じ従業上の地位の男女を比べたとき p < .05.
Full-Time (正規雇用に該当)の場合、男女とも 10.4% が肯定的な連絡 (Callback) を受け取っているが、非正規雇用 (Part-Time, Temporary Agency) や不完全雇用 (Skills Underutilization)、失業 (Unemployment) は Callback rate がやや低いことがわかる。このような差は男性の場合は有意であるが、女性の場合は有意にならない。ただし、有意な交互作用があるかどうか検討すると、有意になるのはパートタイムだけで、残りの三つに関しては、男女で同じぐらい Callback Rate が下がると考えたほうがいいのかもしれない。このような結果は応募した職種や地域、企業規模を統制しても同じである。

つまり、少なくともパートタイムに関しては仮説通りの結果が得られており、女性の場合はパートタイムでも採用で不利になりにくいが、男性の場合は不利になるのである。

このような非正規雇用などに対する採用担当者の評価の低さは、求職者の能力 (competence) が低いと判断されているからなのか、それともコミットメントが低いと判断されているからなのかを調べるために、ネットで企業の採用担当者を対象にして調査がなされている。詳細は割愛するが、結果としてはコミットメントよりも能力が低いと評価されているせいで Callback Rate が下がるという結果であった。

ネット調査の方は中途半端な印象だが、フィールド実験の方はおもしろかった。非正規雇用の職歴が能力の低さのシグナルになるというのは、専門家の間ではほぼコンセンサスがあるように思うが、それが男性に関して顕著で、しかも失業の場合と大差ないほど低いというのは、発見であった。ただし、これは履歴書を送ったら面接に来いと言われた、というだけのことで、この後の面接をパスしなければ採用はされないので、最終的に採用に至るかどうかはまた別の問題だということは著者も述べているとおりである。

こういう対象者をひっかけるような実験(例えば最近読んだ論文だと Keizar et al. 2008)が倫理的に許されるのか気になったので、American Sociological Association の Code of Ethics を見てみたら、インフォームド・コンセントが大原則だが、対象者に対する被害が殆ど無く (no more than the minimal) 、インフォームド・コンセントをとろうとすると実験や調査が台無しになってしまうような場合は、大学等の倫理委員会の許可を得た上でインフォームド・コンセント無しで実験や調査をしてもよい、ということになっている。妥当なルールだと思う。

「企業業績の不安定性と非正規労働: 企業パネルデータによる分析」(森川 2010)

森川 正之, 2010, 「企業業績の不安定性と非正規労働: 企業パネルデータによる分析」 RIETI Discussion Paper Series 10-J-023.
非正規雇用率と企業の繁忙の変化について分析した論文。売上や生産量の変化が大きい企業ほど、それに応じて従業員数を変化させる誘引が強い。それゆえ、解雇や採用のコストが比較的低い非正規雇用へのニーズが強まると考えられる。特に派遣や臨時雇用のように、あらかじめ雇用期間を明確に定めた雇用は雇い止めが簡単なので、売上や生産量の変化が大きい企業からのニーズが大きいと考えられる。逆に言えば、安定した企業では派遣や臨時雇用へのニーズが低いし、変化が小さいにもかかわらず臨時雇用や派遣を雇うことは、かえって生産性を下げると考えられる(言い換えれば変化が大きい企業は臨時雇用や派遣を雇ったほうが生産性が高い)。このような仮説は常識的に理解可能であるが、きちんとこれらの仮説を検証した論文は見たことがない。この論文ではこれらの仮説を検証している。

データは経済産業省「企業活動基本調査」の個票データ(1994〜2006 年)で、派遣労働者については2000年以降のデータが用いられている。「パート」とか「正社員」といった用語が用いられているが、これらは労働時間で客観的に分類されており、パートと呼称されていても正社員と同じ時間働いている人は「正社員」のほうにカテゴライズされてしまっている点に注意。臨時・日雇いも雇用期間が一ヶ月以内の者を指しているので、それ以上はカウントされていない点にも注意。せっかくのパネル・データなのだが、なぜか固定効果モデルやランダム効果モデルは用いられておらず、Pooled OLS がなされている。

雇用創出率や雇用喪失率がまず分析されているが、興味深かったのは、雇用数(の対数)の変化の分析である。差分をとって相関係数を計算しているので、固定効果モデルの推定とおなじになるはずである。フルタイマーとパートタイマーの変化は弱い負の相関 (-0.049〜 -0.091)で、一方が増えると他方が減る、つまり、代替関係がほんの少しだけあることが示唆されている。臨時・日雇いとフルタイマーの数の変化の相関は -0.02〜0.01 でほとんどゼロという印象(統計的に有意かどうかは不明)なのだが、派遣とフルタイマーの数の相関はプラスで、0.071〜0.349 である。

パート率、派遣社員率、臨時雇用率を従属変数として Pooled OLS で回帰分析すると、売上の変化の激しさ(ヴォラティリティ)は、パート率には影響しないが、派遣と臨時雇用の比率を高める効果があり、派遣のほうが効果が大きい。企業の生産性を従属変数として Pooled OLS で回帰分析すると、ヴォラティリティと三つの非正規比率変数の交互作用効果が正の有意な値を示しており、ボラティリティの高い企業ではパート率、派遣社員率、臨時雇用率が高いほど生産性が高いという結果である。ただし、なぜか三つの非正規比率の変数は同時にモデルに投入されておらず、別々に推定されているので、結果の解釈は微妙である(同時に投入してくれよ)。

ディスカッション・ペーパーなので、分析は雑な感じであるが、サンプルサイズが 10 万ぐらいあるので、たぶんもっと洗練された分析をしても結論は同じであろう。ヴォラティリティが高いほうが非正規の採用は合理的というのは、納得できるのだが、ヴォラティリティが中央値未満だと、臨時・日雇いを増やすとかえって生産性が低いという結果が出ていた。むやみに非正規雇用を増やすことはかえって企業の生産性を下げるという説もあるが、そのような議論にとっては追い風の結果である。産業の効果は統制されているが、どの程度細かく分類しているのかはよくわからないので、もう少し詳しく知りたいところである。

「寡占産業と競争産業における非正規労働者の増加要因」(豊田 2005)

豊田 奈穂, 2005, 「寡占産業と競争産業における非正規労働者の増加要因--電力業・ガス業・水道業と卸売業・小売業・飲食店を対象に」『大原社会問題研究所雑誌』556 : 41-52.
企業規模による擬似パネル・データを産業別に作ってパート比率を規定する要因を検討した論文。電力、ガス、水道業のような寡占産業では競争原理が働きにくい。そのため、正規/非正規賃金比のような、競争的な市場では非正規労働者比率に影響しそうな要因が、寡占産業では影響力を持たないということが考えられる。また労働組合は通常、正規労働者の利益を守るために機能することが多いが、労働組合組織率が高い産業では組合が影響力を持つので、組織率が高い企業ほど非正規労働者比率が低くなるが、組織率の低い産業では影響力がないので、組織率は非正規率に影響をもたないと予測されるという(が、後述のように理論的にはこの議論は不十分だと思う)。

データは、2 つの産業(電力業・ガス業・水道業と卸売業・小売業・飲食店)に関する、1995年 1月から2002年12月までの、企業規模×月の擬似パネル・データで、いくつかの調査からあつめられている。被説明変数はパート労働者の比率で、毎月勤労統計調査から得ている。豊田は、パート労働者=非正規労働者という前提で議論を進めているが、両者にはある程度のズレがある点には注意。説明変数は、

  1. 一般労働者総実労働時間(毎月勤労統計調査より)
  2. 賃金比率(パート労働者賃金/一般労働者賃金)(毎月勤労統計調査より)
  3. 労働組合員比率(労働組合基礎調査から組合員数、毎月勤労統計調査から一般労働者数)
  4. 鉱工業生産指数
  5. 失業率(ただし、鉱工業生産指数と失業率は、卸売業などの分析では多重共線性を避けるため同時に投入せず)
で、すべて一時点前の値を用いている。論文中では、上記のすべての「変化率」を固定効果モデルで推定すると書いてある。なお、擬似パネルは企業規模を単位として作られているが、電力、ガス、水道業業は、500人以上の規模ではパート労働者がゼロのまま変動がない(らしい)ので、サンプルから除外されている。卸売、小売、飲食店は企業規模数が 5、電力、ガス、水道業は企業規模数が 3, 時点数=12ヶ月×8年=96 で、卸売、小売、飲食店のサンプル・サイズは 5×(96−1) = 475 ( 1 を引くのは説明変数が一時点前だから)のはずだが、なぜか 479 で、電力、ガス、水道業は 3×(96−1) = 285 のはずだが、なぜか 288 となっている。

分析の結果、一般労働者の総労働時間(変化率?)も賃金比率(の変化率?)も、電力、ガス、水道業では有意でないが、卸売、小売、飲食店は 5% 水準で有意な効果があり、総労働時間が減り、賃金比率が高まると非正規比率が上がるという結果で、一般労働者とパート労働者の代替性を示唆している。いっぽう組合員比率は、電力、ガス、水道業でのみ負の有意な結果を示している。ただし、卸売、小売、飲食店でも係数の推定値は負で、絶対値はむしろ電力業などよりも大きい。

全般に誤植が多く、数値も上記のように変なところがあり、どこまで信じていいのかわからない。労働組合基礎調査から組合員数を得ているというが、労働組合基礎調査は年に 1回の調査なので毎月の変動は得られない。それゆえ 1年間同じ数値を使っていると思われるが、そうだとすると、組合員比率という変数の月次変動は一般労働者数の変動に反応しており、一般労働者の総労働時間と強く相関していると思われる。これはさすがにマズかろう。また、上記のように、労働組合員比率の係数は、2 つの産業の間で有意に異なるとは言えない。更に言えば、統制変数である失業率や鉱工業生産指数の投入の仕方が 2 つの産業で異なるので、2つの産業の比較にもどこまで意味があるのか疑わしい。

また、前述のように、組合員比率が高いほど組合の意向が反映されやすいという理屈はわかるが、それならば、卸売業等の内部でも、組合員比率が上がれば、非正規雇用率は下がるという予測になるはずなのに、なぜかそうは予測されていない。さらにもう一つケチを付けると、企業規模を単位にした擬似パネルってどこまで意味があるのだろうか。企業は廃業や創業もあるし、規模も変化するし、個体の同一性に不安がある。総じて、残念な論文である。

「パートタイム雇用の拡大はフルタイムの雇用を減らしているのか」(石原 2003)

石原 真三子, 2003, 「パートタイム雇用の拡大はフルタイムの雇用を減らしているのか」『日本労働研究雑誌』45 (9)日本労働研究機構: 4-16.
どのような企業でフルタイム雇用が減少しているのか分析した論文。非正規雇用が増加して正規雇用が減少するといった現象は時系列データで見るとある程度は確認できるので、正規雇用が非正規雇用に置き換えられた(非正規雇用が解雇されてその代わりに非正規雇用が採用された)ことが、非正規雇用増加/正規雇用減少の原因と捉えられることは多い。しかし、アグリゲート・データで非正規雇用の増加と正規雇用の減少が観察されるからといって、個々の企業で上記のような解雇と採用がなされているとは限らない。正規労働者しか雇っていない会社は少なくないので、そういう企業で雇用が減少し、非正規労働者をたくさん雇っていた別の企業がさらにたくさん非正規労働者を増やしたということかもしれない。この場合、上記のような置き換えが起きているというわけではない。

そこで、1991〜2000年の雇用動向調査のデータを使って、どのような企業でフルタイム雇用が減少/増加しているのか分析している。企業単位のデータなので、雇用が増えた企業での増えた雇用数と、雇用が減った企業での減った雇用数をそれぞれ別個に集計することが可能であり、前者を雇用創出数、後者を雇用喪失数と呼んでおく。雇用創出数、雇用喪失数を前年の雇用総数で割った値はそれぞれ雇用創出率、雇用喪失率と呼ばれている。時系列で見ると、とうぜん雇用創出率が高い時期は、雇用喪失率は低い。問題はパートとフルタイムに分けた場合、パートの雇用創出数とフルタイムの雇用喪失数が相関するかどうかだが、なぜかそういう分析はまったくなされていない。そして、

  • パートの雇用が創出されフルタイムの雇用が喪失した企業の比率が全企業の 4〜6% 程度であること、
  • フルタイム雇用の喪失数のうち約半分程度がパートを雇っていない企業で起きていること、
が強調されている。

探索的な分析なので、ケチのつけようはいくらでもあると思うが、フルタイムとパートタイムが同一企業内で単純に置き換えられたというケースは、必ずしも多くはないという指摘は覚えておいていいように思う。ただし、石原自身も指摘しているようにフルタイム=正規雇用、パートタイム=非正規雇用ではないので、正規/非正規というカテゴリで分析すれば、もっと違った結果になる可能性はある。また、後半は雇用創出があったかなかったか、といったカテゴリカルな分析がなされており、創出数/率、喪失数/率、といった情報はしばしば捨象されているので、誤った印象を読者に与えている可能性はある。フルタイム雇用喪失のうち半分がパートを雇っていない企業だという指摘も、全企業のうち46〜52% 程度はパートを雇っていないのだから、フルタイム雇用喪失は、パートを雇っている企業でも雇っていない企業でも同程度の確率で生じている、といった解釈も示しておくのが適切であろう。

さらに言えば、私の実感としては、同一企業内で正規雇用は減少していないが、実質的には置き換えが進んでいるようなケースは結構あるのではないかと思う。例えば、ある企業が新しく店舗を増やす際に、これまでは各店舗に二人正社員を配置していたが、新店舗には既存店舗から一人正社員を移動させ、既存店舗には正社員の増員を行わず、非正社員にその代わりをさせるようなケースである。とはいえ、繰り返しになるが、単純に内部ででフルタイム解雇&パートタイム採用が増えた企業は意外と少ないというポイントは正しいと思われる。

「正規従業員の雇用と非正規労働の増加:1990年代の大型小売業を対象に」(宮本・中田 2002)

宮本 大・中田 喜文, 2002, 「正規従業員の雇用と非正規労働の増加:1990年代の大型小売業を対象に」玄田 有史・中田 喜文 (編)『リストラと転職のメカニズム』東洋経済新報社, pp.81-102.
1000人以上の正規従業員を雇っている主要な百貨店とスーパー21社を対象として、正規従業員の増減を分析した論文。正規従業員が削減されたかどうかを示すダミー変数を以下の諸変数に回帰させてプロビット分析している。
  1. 正規従業員の賃金の変化
  2. 非正規従業員の賃金の変化
  3. 非正規従業員比率の変化(一期前)
  4. 売上高成長率
  5. 景気後退期ダミー
データは 1987〜1999 年の 13 年分の上記 21 社のパネル・データであるが、プロビット分析の際に、単純なプール・データで分析がなされているのか、それとも固定効果モデルの類が用いられているのかは不明。分析の結果、正規従業員の賃金が増加すると、正規従業員は削減されやすくなるという傾向が示されているが、なぜか非正規従業員の賃金にはあまり反応していない(非正規の賃金は、賃金センサスの産業平均を用いているので、推定値はゆがんでいる可能性が高い)。非正規従業員比率の変化も 1987〜1993 年のスーパー以外は有意な効果を持たない。ただし、5%以上の正規従業員削減ダミーを被説明変数にした場合は、非正規従業員比率の変化は負の有意な効果(つまり、非正規従業員比率が一期前に増えると、正社員が 5% 以上も削減されることは起きにくい)がある。

宮本・中田は正規従業員と非正規従業員が代替的なのか補完的なのか、といった問題設定をとっているわけではなく、どういう要因が正規従業員削減に結びつくのか、という問いを主要な研究課題にしている。結論的には売上の減少と正規従業員の賃金の高騰が主要な原因であるという、常識的に納得できる結論に落ち着いている。一期前の非正規の比率が高いと大規模削減は起きにくいという結果は、必ずしも両者が補完的であるという証拠にはならず、単に正規の削減と非正規の増員が同時になされているからかもしれないし、因果の向きが逆だからなのかもしれない。また、コブダグラス型の生産関数を仮定しているので、非正規雇用の賃金が下がれば正規雇用を雇うインセンティブが増えるはずなのだが、ほとんど有意になっていない点は興味深い。また事前に調整係数(最適な正規従業員数の増減率と実際の増減率の比率)の推定がなされており、最近になるほど調整係数が小さくなっている(つまり最適な増減率よりも実際の増減率のほうが小さくなっている)点も興味深く、これ以上の調整はコストが掛かり過ぎることを示唆していると解釈されている。あるいはそもそも最適な増減率の推定が間違っているのかもしれないが、それいをいいだすときりがないかもしれない。

「正社員と非正社員の代替・補完関係に関する計量分析」(山口 2011)

山口 雅生, 2011, 「正社員と非正社員の代替・補完関係に関する計量分析」『日本経済研究』 (64): 27-55.
正社員と非正社員の代替性/相補性について分析した論文。私には前回の原 (2003) よりだいぶわかりやすかった。が、これも経済学で私の専門外なので、以下の記述には、とんでもない間違いが含まれている可能性あり。

ここでいう正社員と非正社員の代替の弾力性とは、両者の価格(賃金)比率によって両者の要素比率(つまり正社員と非正社員の数の比率)がどう変化するかを見るための指標である (p.32)。例えば、ある会社において正社員の賃金が変わらず、非正社員の賃金が何らかのシステム外的な要因によって低下したときに、正社員の数と非正社員の数の比率がどう変化するかを示す。それゆえ、この代替の弾力性が正の値を示すとき、非正社員の賃金が下落すると、非正社員数の比率が高まる。代替の弾力性が負の場合、非正社員の賃金が下落すると、非正社員数の比率も下がる。このような代替の弾力性にはいくつかの定義がある。

2005年と2006年の有価証券報告書をデータとして用い、正社員と非正社員の代替の弾力性を推定すると、検討した4つの弾力性の指標すべてで正の値を示す。これは産業別や企業規模別で推定しても概ね同じ結果で、頑健性を示している。ただし、2005 年と 2006 年を比較すると、代替の弾力性は小さくなっている。前回の原 (2003)とは正反対の結果であるが、原は Hicks の補完の偏弾力性しか示しておらず、Allen や Morishima など他の指標を使えば、原のデータでも補完の弾力性は正の値を示すという。

経済学らしい理屈なだけに、社会学者の私には素直に飲み込めない前提をおいた議論になっている。企業は利潤を最大化するという前提のもとに弾力性は推定されているのだが、それが私には疑わしい。企業は利潤以外にもいろいろ大事なものを持っているので、どの程度、利潤最大化の仮定が現実的なのか、私にはわからない(ので、案外現実的な仮定なのかもしれないが)。正社員と非正社員のあいだにある程度代替性があるという主な主張は直感的にありそうな話で、特に異論はないのだが、例によって「代替性があるから、近年正社員と非正社員が置き換えられて、非正社員数の比率が高まった」、という主張へと議論が飛躍していくのにはついていけない。仮に代替性があるのが原因ならば、以下の様な仮説が考えられる。

  • 代替の弾力性は歴史的にあまり変化しておらず、非正社員の相対賃金が下落したから置き換えが進み、非正社員数の比率が高まったという可能性がまず考えられる。しかし、そのようなデータは示されていない。そもそも代替性は時系列で変化するという前提である。実際、代替の弾力性は2005年から2006年にかけて半分近くに下落しているのだが、私の常識では到底信じられない大きな変化である。代替性はふつう生産技術によって決定されると言われているようなので、それが 1年間のあいだにあれほど劇的に変化するとは思えない。仮にそれほど激しく代替の弾力性が変化するのならば、たった 2時点の推定値から過去の非正規雇用増加の原因を推測するのには無理があろう。
  • 第二に、非正社員の相対賃金は概ね安定しているが、生産技術に変化があり、生産関数のパラメータの値が変化したせいで利潤を最大化する非正社員数の比率が高まったとも考えられる。しかし、上で述べたように、このことを示す証拠も示されていない。
分析結果は非常に興味深くいろいろ勉強になったが、クロスセクショナルな代替性の分析結果で時系列的な変化を説明するのはやはり無理があろう。

ところで、この代替性の分析では、非正社員の相対賃金はシステム外在的に決まる、外生変数として扱われているのだが、主流派経済学では労働力需要と賃金は相互依存的に決まる(つまりどちらも内生変数)とされていると思う。2つの理論は矛盾なく一つの枠組みの中に収まるものなのだろうか。収まるのかもしれないが、専門家がどう考えているのか興味深い。

「正規労働と非正規労働の代替・補完関係の計測」(原 2003)

原 ひろみ, 2003, 「正規労働と非正規労働の代替・補完関係の計測--パート・アルバイトを取り上げて 」『日本労働研究雑誌』45 (9)独立行政法人労働政策研究・研修機構: 17-30.
経済学のことはよく知らないので、以下の記述にはとんでもない誤解が含まれている可能性あり。経営者は調達した資金を固定資本や人件費などに適切に割り振ることによって、財やサービスをできるだけ多く生産したいと考えるだろう。しかし、このような最適な割り振りを知るのは容易ではない。正規雇用と非正規雇用の人件費配分に関しても同様のことが言え、正規雇用を減らして非正規雇用をその分だけ増やせば人件費を下げることは可能であるが、そのせいで生産性が下がれば売上が減少して、けっきょく損をする可能性もある。そこで、粗付加価値を従属変数とし、固定資本、正社員人件費、非正社員(この論文ではパート・アルバイト)人件費に回帰させて、その効果を分析するという方法が考えられる。

この論文で特に問題になっているのは、正規雇用と非正規雇用の間の代替性/補完性である。上記の回帰分析の枠組みで言えば、粗付加価値に対する正社員人件費などの効果は、主効果だけでなく、交互作用効果の存在が考えられる。例えばもしも正規雇用と非正規雇用の人件費の交互作用効果が正ならば、資金を適切な比率で正規と非正規の両方に分配したときに粗付加価値は最大になるが、もしも交互作用効果が負ならば、主効果の小さいほうの人件費をできるだけ少なく(定義域の最小値に)して、主効果の大きい方の人件費をできるだけ大きくする(この分析では固定資本もモデルに含まれているので、実際にはもう少し複雑)のが合理的ということになる。それゆえ、交互作用効果が正か負かが重要なポイントになる。交互作用がプラスの場合、2つの生産要素(上の例では正規雇用と非正規雇用)は相補的、マイナスの場合は代替的という。

正規労働者数、非正規労働者数、正規労働者の賃金のデータは生命保険文化センター『企業の福利厚生制度に関する調査(1998年)』で30人以上の正規労働者を雇っている企業が対象である。その他のデータは賃金センサスや法人企業統計から得ているのだが、個々の企業のデータではなく、あるカテゴリーの企業の平均値を割り当てているので、著者も認めるようにかなり無理のあるデータのように思える。

分析の結果、正規雇用と非正規雇用の人件費の交互作用効果は正の有意な値を示しており、両者は相補的である。つまり、非正規雇用をどんどん減らせば粗付加価値は上がっていくというわけではなく、最適な分配比率がある。ただし、従業員が 30 人以下の小企業や卸売業に限定すると、正規雇用と非正規雇用は代替的である(どちらに資金を割り振ったほうが粗付加価値が上がるのかはよくわからない)。

著者は、この分析結果から、バブル崩壊以後、非正規雇用が増加した原因が、正規雇用の代わりに非正規雇用が雇われたことにあるのか、わかるかのような論調なのだが、それはまた別の問題であり、明らかに議論の飛躍がある。私の理解では、どんな企業の粗付加価値が高いのかを横断的データで分析しているだけなので、歴史的な変化についてまでこの分析結果から言えるとは到底思えない。仮に正規雇用と非正規雇用が相補的で、企業が合理的に行動するとしても、初発の時点で正規雇用を多く雇いすぎていたのであれば、合理的な企業は正規雇用を減らして非正規雇用を増やすだろう。それゆえ、この分析結果から言えるのは、正規雇用をどんどん非正規雇用に代替していけば粗付加価値がどんどん増えていくとは言えず、どこかで止めたほうがよい(あるいは正社員を増やしたほうがいい企業もあるかもしれない)という程度のことではないのだろうか。

不安定労働者のアイデンティティ再構築:なぜ報われなくても一生懸命働くのか? Padavic 2005

Irene Padavic, 2005, "Laboring under Uncertainty: Identity Renegotiation among Contingent Workers," Symbolic Interaction, Vol.28 No.1, pp.111-134.
不安定な条件で働く労働者がどうして真面目に一生懸命働くのか、アイデンティティをキーワードに読み解いた論文。最低賃金ギリギリで昇進の見込みもなく、辞めてもすぐに同程度の条件の仕事ならば見つかる、という労働者には、経済合理性だけ考えれば、まったくまじめに働くインセンティブがない。怠けたりサボったりしたほうが楽できるし、仮に雇い主に見つかって解雇されても、すぐに他の仕事が見つかるし、真面目にやっていたとしてもどうせ解雇されてしまうかもしれないので、こういう条件の悪い仕事は、真面目にやる(経済的)理由がないはずである。しかし、実際には低賃金で不安定な仕事であっても真面目に一生懸命働いている人はたくさんいる。なぜなのか?

Padavic によれば、それは不安定労働者のアイデンティティと自尊心 (self respect) に原因がある。理念型的にいえば、フォーディズムが貫徹している企業においては、労働者は企業と一体化する。労働者は企業という共同体の一員であり、労働者も経営者も企業という同じ村の仲間と考えられる。もちろん労働者と経営者(あるいは資本家というべきか)のあいだには利害の対立があるわけだが、フォーディズムが貫徹している企業では内部労働市場が発展し、雇用は安定しており、定年まで勤め続ける労働者も多いため、このような一体感が形成される。企業の利益は労働者の利益であり、その企業の従業員であることに誇りを感じる労働者も、フォーディズムのもとでは珍しくはない。こうして、規律化された真面目に一生懸命働く労働者が多数生まれた、というわけである。

しかし、不安定労働者はフォーディズムが終わったことによって増加したのであった。企業は不安定労働者を容赦なく切り捨てるので、一体感も損なわれるはずである。それにもかかわらず、不安定労働者がまじめに働くのは、それによって勤勉な労働者というアイデンティティを守り、自尊心を保つためではないのか、というのが Padavic の見立てである。

1996年に 27人の不安定労働者(一人以外はノンヒスパニックの白人)に行った聞き取り調査の結果は、Padavic の見立てとおおむね整合的である。彼らはすべて昇進の見込みの無い臨時雇用や個人事業主(実態は労働者に近い)である。27人中、26人は何らかの形で自分の仕事に非金銭的な価値や誇りを見出しているという。Padavic によれば、以下の3つのタイプのアイデンティティ操作 (identity management) が見られる。

  • 第一に、不安定労働者は「本当の自分は、役者、研究者、アーティスト、等など、なのであって、現在の仕事は仮の姿にすぎない」、と考えることで、現在の苦境を耐えることがある。しかし、これは一生懸命働く理由にはならないだろうと私は思う。
  • 第二に、不安定労働者は、労働倫理 (work ethic) に献身することで自尊心を保つ場合がある。つまり、雇い主が不誠実であっても、自分自身は仕事に対して誠実でありたい、と考える。そして実際に一生懸命働くことで自尊心は守られる。
  • 第三に、不安定労働者は、不安定であるにもかかわらず雇い主と自己同一化 (identification) することで、自尊心を守ることがある。雇用が不安定であっても組織の一員として一緒に働けば、そういう心理が働くことは当然あるし、それゆえ組織の目的のために一生懸命働く場合があるというわけである。

なお、一人だけは上記のようなアイデンティティ操作を一切せず、金のためだけに働き、経営者との利害対立を明確に口にし、職を転々とする者もいた。彼は仕事に献身するようなこともしない。もちろん、26人の献身的労働者もお金のために働いていることを否定しないし、利害の対立を感じることもしばしばあるわけだが、上記のようなアイデンティティ操作を通して自尊心を保ち、それが結果的には経営者の利益に奉仕することになっているわけである。

労働者のモラールの問題は古典的なテーマのように思うが、雇用が不安定になって再び注目されるようになったのだろうか。書いてあることは特に意外でもないが、こういうふうに労働者が搾取されている側面だけを強調するのには、研究倫理的にあまり賛成出来ない。それは真面目に働いている不安定労働者を批判することになりかねないからだ。Padavic にそのような意図があるとは思えないが、暗に「まじめに働く不安定労働者は愚かだ」と言っていることになりかねない点が気がかりなのである。不安定労働者が搾取されているのならば、批判されるべきは経営者であって労働者の側ではない。学問的に Padavic の言っていることが正しかったとしても、そこを強調することは研究倫理的には決して好ましいことではあるまい。

また、不安定雇用であっても、まじめに働くことでオンザジョブトレーニングが効果的に行われ、高いスキルが形成されることはよくあることである。一生懸命やったほうがおもしろい仕事もあろう。確かに "Me, Inc" とか "A Brand Called You" とか、ノマドワーカー、みたいな話が胡散臭いというのはわかるのだが、経済的利害 vs アイデンティティ、みたいな対立図式だけで語ることもまた胡散臭いと感じるのは私だけだろうか。

「独英の初職が臨時雇用だった人の5年後」Gebel 2010

Michael Gebel, 2010, "Early career consequences of temporary employment in Germany and the UK," Work, Employment & Society, Vol.24 No.4, pp.641-660.
ドイツとイギリスのデータで、初職が臨時雇用であることがその後の賃金と従業上の地位(常雇か、臨時雇か、失業か、非労働力か、学生か)に与える影響を分析した論文。臨時雇用が trap か stepping stone かという問題は西ヨーロッパではかなり盛んに議論されており(例えば Korpi and Levin (2001)Steijn and Need (2006))、特に学校を卒業した直後につく職(初職)が臨時雇用であることが、その後のキャリアに及ぼす影響が注目されている印象がある。これは実質的には試用期間に近いもので、正規労働者として本格的に雇う前に数年間、臨時雇用として雇うような慣行が西ヨーロッパで広がっているからではないかと思う(この辺りの正確な事情は知らない)。これは(少なくとも独英では)高卒よりも大卒で顕著なそうである。日本では高卒のほうが非正規雇用になりやすいので、これは意外に感じられるのだが、西ヨーロッパでは臨時雇用は本当に「臨時」であることに意味があるということなのかもしれない。すなわち、日本では賃金を低く抑えるために非正規雇用を利用することがしばしばあるが、独英での大卒臨時雇用は賃金抑制が主な目的ではないのかもしれない。すなわち、高卒が主に就くブルーカラーや下層のホワイトカラーでは通常の試用期間でその労働者の能力について判断がつくが、大卒エリートが相対的に就きやすい上層のホワイトカラーの場合、もっと長期の試用期間が必要ということなのかもしれない。

当然、初職が臨時雇用の者と常雇の者を比較すれば、常雇の者の方が、1年後、2年後も常雇である可能性が高いと考えられる。しかし、このような初職の効果が、5年後も10年後も永続するとは限らない。上のような試用期間としての性質を考えると、臨時雇いの経験はスティグマにならないかもしれない。日本でも、かなり多くの若者が臨時雇用から常雇に移動するし、逆に常雇の仕事を辞める者も多い。もしもこのようなシナリオ通りならば、初職の効果は数年のうちに消えてしまうだろう。これを統合仮説 (integration explanation) と呼ぶ。逆に臨時雇用の経験がスティグマ(人的資本の低さを示すシグナル)として働き、オンザジョブトレーニングの機会を持たないならば、初職の効果は永続するはずである。これを罠仮説 (entrapment explanation) と呼ぶ。

このような統合仮説と罠仮説がどの程度現実に当てはまるかは、労働市場のセクターや国によって異なると Gangl は言う。大卒の労働市場では、常雇の賃金が高いので、臨時雇用との賃金格差は大きくなりやすいだろうが、前述のように可視性の低い人的資本を見極めるための試用期間であれば、多くの若者が常雇に移動していくはずである。いっぽう高卒や中卒の労働市場では、比較的賃金が低く、可視性が比較的高い人的資本が求められるので、臨時雇用は試用期間というよりも、勤続年数を短縮して賃金を低く抑えるために活用される場合が多くなるかもしれない。同様のロジックで男性の労働市場では臨時雇用と常雇の賃金格差が大きく、女性の労働市場では小さいだろう。またとうぜん女性のほうが非労働力化しやすいだろう。さらに総じてイギリスのほうが雇用保護が弱く、労働力の流動性が高いことを考えれば、イギリスは統合仮説が相対的によく当てはまり、ドイツはイギリスよりも罠仮説がよく当てはまるだろう。

データは British Household Panel Survey (BHPS) と German SOcio-Economic Panel (GSOEP) の 1991-2007年である。従属変数は、初職についてから1〜5年後の賃金、臨時雇用ダミー、失業ダミー、非労働力ダミー、学生ダミーである。分析には傾向スコア・マッチングが用いられており、初職が臨時雇用のグループと常時雇用のグループの間の差が推定されている。分析の結果、どちらかと言えばドイツのほうが初職が臨時雇用であることの効果が強いが、初職についてから5年後には独英の差は縮小しほとんどなくなる場合が多く、失業率を高める効果はイギリスのほうが強い。また傾向スコア・マッチングを用いているせいか、独英の違いは検定されておらず、Gangl の言うような独英の違いが統計的に有意なのかは不明である。学歴別、男女別の分析もなされているが、サンプル・サイズが足りないせいか、係数が不安定で一貫性がなく、やはり Gangl の言うような違いがあるかどうかははっきりしない。Gangl は指摘していないが、ドイツでは男性のほうが罠仮説がよく当てはまる(つまり、初職が臨時雇用であると、その後も臨時雇用にとどまりやすい)のに対して、イギリスでは女性のほうが罠仮説がよく当てはまる、という違いである。どうしてそうなるのかはよくわからないが、興味深い。

傾向スコア・マッチングについてはよく知らないのだが、従属変数が5つあり、それぞれについて初職についた1〜5年後に関して分析しているため 5×5 = 25回分析している。さらにそれを男女別、学歴別に分析しているため、たくさんの係数が推定され、しかも不安定で、国や男女で係数が異なるかどうかも検定されていない。収入以外に関しては、競合リスク・イベント・ヒストリー分析を用いれば、上記のような問題は回避できると思うのだが、このリサーチ・クエスチョンとデータで傾向スコア・マッチングを用いるメリットがどの程度あるのか、いささか疑問に感じた。つまり、傾向スコア・マッチングを用いたほうが係数の推定値のバイアスは小さいと言われているが、この場合、傾向スコア・マッチングを使うことでどの程度バイアスが縮小しているのだろうか。

とはいえ、分析結果は興味深い。オランダの分析では学卒直後に失業していると、その後も失業リスクは高く、その効果が消えるまで40年かかるという推定結果だったので (Steijn and Need (2006))、それに比べると、ずっと早く学卒直後の状況の効果は消滅している。時代や用いている変数が違うので、一概には比較できないが、失業と臨時雇用ではだいぶ意味が違うということであろう。少なくとも学卒直後の臨時雇用は、独英ではそれほど一次的労働市場から分断されていない、つまり統合仮説がけっこう当てはまっているという印象である。

非正規雇用を利用する会社における正社員の忠誠心と退職意向 Davis-Blake, et. al. 2003

Alison Davis-Blake, Joseph P. Broschak and Elizabeth George, 2003, "Happy Together? How Using Nonstandard Workers Affects Exit, Voice, and Loyalty among Standard Employees," The Academy of Management Journal, Vol.46 No.4, pp.475-485.
会社が臨時雇用や請け負い労働者を利用することで、正社員の労使関係観、退職意向、労働組合の組織化意向、会社に対する忠誠心が悪化することを論じた論文。非正規雇用の利用は、短期的には雇用の流動性と人件費の削減を会社にもたらす。しかし、それによって、正社員は非正規労働者の教育や管理といった追加負担を求められるが、給与が上がるわけではない、という事例が複数報告されている。また、非正規雇用が増加している会社では、正社員も自分自身が解雇される危険を感じやすい。それゆえ、正社員の会社に対する不満感が高まり、退職意向が強まり、会社に対する忠誠心も弱まる、という仮説が考えられる。さらに、組合を通して会社に異議申立てをしようとする正社員も増えると、Davis-Blake, Broschak and George は予測している。

ただし、このようなメカニズムは、臨時雇用の場合に顕著であり、請負労働者 (contractor) の場合にはそれほどでもないと Davis-Blake, Broschak and George は主張する。請負労働者というと、工場のラインで働いているブルーカラーのイメージが強いが、著者らが想定しているのは、法律家やデザイナー、ライターのような専門知識を提供してくれるような自由業者である。このような専門職の自由業者は教育や管理の必要性があまりないし、会社に雇われている正社員とあまり競合しないので、上記のようなメカニズムで不満感が高まることはあまりないだろうと予測されている。

また、非正規雇用の増加による正社員の忠誠心の低下は、すべての正社員で一様に起きるのではなく、職位が比較的低い社員において起きやすいと考えられる。なぜなら、すでに会社の中核にいるような管理職が非正規雇用で置き換えられることは考えにくいし、非正規雇用の管理や教育といった負担は、職位の低い正社員の仕事である場合が多いと考えられるからである。

以上のような仮説を検証するために、1991 年の General Social Survey (GSS) と National Organization Survey (NOS) のマッチング・データが分析されている。サンプルは、常雇の被雇用者に限定 (N = 252〜268)。従属変数は、

  1. 労使関係に関する評価。「全体的に見て、あなたの職場での経営者と被雇用者の関係はいいですか?」(5件法)
  2. 退職の意向。「色々なことを考慮すると、これから1年以内に別の仕事を本気で探すことがありそうですか?」(3件法)
  3. 労働組合の組織化意向。「もしも無記名投票がなされるとすれば、あなたは自分を代表する組合が結成されることに賛成しますか」(2件法)
  4. 会社への忠誠心。「私はこの会社で働けることを誇りに思う」(5件法)など、5つの項目の合計点(アルファは不明)
であり、主要な独立変数は、GSS の対象者(正社員)が行っている仕事と同じ仕事を、請負労働者にも外注しているかどうか(ダミー変数)、臨時雇用を会社が雇っているかどうか(ダミー変数)である。なお職位は収入と、管理的な業務を行っているかどうかのダミー変数で測定されている。

分析の結果、臨時雇用の利用は、労使関係評価、退職意向、会社への忠誠心に仮説通りの悪い影響を及ぼす。しかし、労働組合化の意向に関しては、むしろ下がる。いっぽう請負労働者への外注は、労使関係評価を有意に悪化させるが、その他の従属変数には効果が無い。仮説では、請負労働者への外注の効果は、臨時雇用の利用の効果よりも弱いと考えられていた。それを支持するように見える推定値はいくつか得られているものの、請け負いと臨時雇用の効果の差は、労使関係評価についてしか検定されておらず、その結果も有意ではないので、あまりはっきりとしたことはわからない。職位による交互作用効果は、一部で有意であるが、有意でないもののほうが多く、これも仮説が指示されたとまでは言い難い。

まとめると、臨時雇用を用いている会社では、用いていない会社に比べて、正社員の労使関係評価は悪く、退職意向も強く、会社への忠誠心も低いが、組合の組織化には消極的である。請け負いの外注は労使関係評価のみを悪化させる。効果の大きさの違いについては、予測通りの結果が出たり出なかったりで、仮説が支持されたとまでは言えない。

仮説の下敷きには、A. O. Hirschman の Exit, Voice, and Loyalty があり、 Voice の指標として労働組合の組織化意向が用いられているのだが、これが微妙に問題だという気がした。 Voice は組合を通したものだけではないし、質問文が、現在労働組合がないことを前提にしている(私の誤訳かもしれないが)ので、これで本当に Voice がうまくとらえられているのか、疑問に感じた。また、非正規雇用を多用するような会社は、組合に対しては否定的というイメージがあるので、そういう会社では、社員も組合を作るよりは他の会社に移ったほうが合理的と考えるのかもしれない。

また、すでに触れたように、請け負い労働のイメージは多様で、個々の社員が正確に請け負いについて理解しているかどうかは疑わしい。また、企業規模が大きくなると、人事担当者であっても請け負いや派遣労働について正確な数字を把握しているとは限らない。それゆえ、誤差が大きくなっている可能性は高い。

このような限界があるとはいえ、非正規雇用の増加が正社員にどのような悪影響があるのか、統計的に明らかにしたという点では高く評価したい。ちなみに 2002年のデータを使って Pedulla (2013) が類似の分析を行っている。こちらも臨時雇用は有意に正社員の忠誠心を低くするが、請け負いは効果が無いという結果であった。

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