Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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「体重による賃金低下:肥満差別のメカニズム」 Bozoyan and Wolbring 2018

Christiane Bozoyan and Tobias Wolbring, 2018, "The Weight Wage Penalty: A Mechanism Approach to Discrimination," European Sociological Review, Vol.34 No.3, pp.254-267.
肥満差別のメカニズムについて検討した論文。米国では体重が重すぎると賃金が低くなる傾向があることはこれまでの研究で繰り返し指摘されているが、そのメカニズムははっきりしない。女性差別の研究でよく使われているメカニズムとして、人的資本説、統計的差別説、選好による差別説、の三つがあるが、それらは過体重 (over weight) にも適用できる。つまり、体重が賃金を押し下げているのではなく、人的資本の低さが賃金を低くしているのであって、一種の疑似相関であるという説が人的資本説である。人的資本説が正しければ、人的資本を適切に統制できれば、体重が賃金を下げる効果は消滅するはずである。統計的差別説によれば、雇い主は体重を労働者の人的資本のシグナルとして用いているということになる。つまり、雇い主は必ずしも労働者の人的資本を正しく知ることはできないため、観察できるシグナル(例えば学歴やこれまでの実績)から人的資本を推測する。体重もそのようなシグナルの一つであり、体重と人的資本の間に関係があるということが統計にある程度裏付けられているというのが、統計的差別説である。この説が正しければ、雇い主が労働者の人的資本を知っているような状況では肥満差別は起きないことになる。例えば勤続年数が長いとか、人的資本の可視性が高い職種では肥満差別は起きないはずである。最後に選好による差別によると、雇い主や同僚が太っている労働者を好まないために賃金が低く抑えられると考えられる。これは勤続年数や職種とは関係ないと考えられている。

データは German Socio-Economic Panel の 2002〜2012 の偶数年で、18〜66歳の労働者である。従属変数は対数時給、肥満の指標は身長、体重、年齢、性別から推測した体脂肪 (Kg) である。人的資本は、労働経験年数、学歴、健康状態、職種、知性を測るテストの点数、である。推定にはランダム効果モデルが使われている(固定効果モデルを使うには体重の分散が小さすぎるらしい)。分析の結果、人的資本を統制しないと、体脂肪が 1kg 増えると男性なら 0.5% 、女性なら 1.1% 時給が減少するという推定結果だが(男女とも有意)、人的資本を統制すると男性の効果は半分以下に減少し有意でなくなる。女性の場合、人的資本を統制しても 0.8% 時給を下げる効果があるという推定結果である。つまり男性の場合は人的資本による疑似相関と考えてよさそうだが、女性の場合はそうとは考えられないということである。さらに年齢や就業年数と体脂肪量の交互作用効果が推定されているが、いずれも有意ではない。つまり、統計的差別説は支持できない。となると女性に関しては選好による差別説がいちばんこの分析結果には当てはまるということである。

特に異論はないのだが、「人的資本」とか「能力」とかって、どの程度適切に測定できるのかってことはつくづく考えさせられる。職種によって必要な能力は違うだろうし、一次元で構成できるのかもかなり怪しい。3〜5次元程度に分解して考えたほうがいいのかもしれない。例えば、運動能力、知力、人間関係処理能力、手先の器用さ、等々、考えられそうだが。

献本御礼:中村ほか編『教育と社会階層:ESSM全国調査からみた学歴・学校・格差』
本の帯には
幼稚園・保育所の選択、学校体験の影響、いじめ問題、専門学校進学の意味、家族からの影響、大学進学率の上昇....。教育にフォーカスをあてた日本ではじめての本格的な階層調査の成果
とあります。ありがとうございました。勉強させていただきます。
社会学者の性別と「オシャレ」度

国際社会学会大会で早く会場につきすぎてしまったので、暇つぶしにとったデータの分析。以前から男性より女性のほうが「オシャレ」だと感じていて、それは同業者である社会学者に関しても同じだと思っていた。これはよく言われているように、女性のほうが「見られる」性であるという、ジェンダー間の非対称性が背景にあると考えられる。男性は女性ほどには容姿が評価の対象にならないが、女性の場合は容姿がかなり重要になるので、女性のほうがオシャレになりやすいと考えられる。このような非対称性の背景には家父長制があり、抑圧となる(コルセットや纏足が典型的)ことは多くのフェミニストたちが指摘している通りであるが、着飾ることは自己表現でもあり、「女性のオシャレは家父長制的抑圧」という側面だけを強調することには批判もある。

実際、McClintock (2014) によると女性のほうが physical attractiveness の平均値が高い。いっぽう小林 (2017)小林・谷本 (2016) によるとルックス(顔)の自己評価や他者評価の平均値に男女差はない。ワーディング/測定法がそれぞれ違うし、国も違うので、分析結果が一致しないのは不思議ではないのだが、McClintock のほうが顔に限定せず、全体的な見た目の魅力を測っており、そのような場合には女性のほうがオシャレなので魅力的と評価されているという可能性は考えられる。

今回は2018年の7月にトロントで開催された国際社会学会大会の会場のロビーのようなところを通る人を私が観察して、性別とオシャレかどうかを記録した。データをとったのは 7/19 の午後の部会が始まる前の 15分程度で、発表が行われる部屋のすぐ近くだったので、通りかかったのはすべて国際社会学会大会の参加者だと考えられる(参加者は名札を首にかけることになっているが、このルールは徹底されていないので名札はあてにならない)。性別とオシャレかどうかは、私の主観で判定している。LGBT等も含まれているのだろうが、単純に男女で分類した。特に迷うようなケースはなかった。オシャレかどうかについては私の好みが反映している気はする。

結果は下の表のとおりである。

社会学者の性別とオシャレかどうかのクロス表
オシャレか
Yes No
13 30
48 25


オシャレ率を男女それぞれについて計算すると、男性が 30%, 女性が 66% で 0.1% 水準で有意な差がある (X2 = 12.3, df = 1)。この結果は予想通りなのだが、むしろ「発見」だったのは女性のほうが私の前を通りかかった数が多いということである。男性が 43人、女性が 73人で女性の比率は 63% である。母集団における女性の比率は 50% だという帰無仮説を検定すると、1% 水準で棄却される(二項分布を使った検定)。男性のほうが遅れて会場を訪れやすいとか、サボりやすいとか、私が観察していたフロアにはたまたま女性の多い Research Committee が集まっていたといった可能性も考えられるが、確かにほかのフロアや別の日でも女性の比率は高く、国際社会学会では女性のほうが多数派になりつつあるというのは時代の変化を感じさせる発見だった。

肥満と社会経済的地位の関連:3論文レビュー

Youfa Wang, Carlos Monteiro and Barry M. Popkin, 2002, "Trends of obesity and underweight in older children and adolescents in the United States, Brazil, China, and Russia," The American Journal of Clinical Nutrition, Vol.75 No.6, pp.971-977.
Paula A. Braveman, Catherine Cubbin, Susan Egerter, David R. Williams and Elsie Pamuk, 2009, "Socioeconomic Disparities in Health in the United States: What the Patterns Tell Us," American Journal of Public Health, Vol.100 No.Suppl 1, pp.S186-S196.
Qi Zhang and Youfa Wang, 2004, "Trends in the Association between Obesity and Socioeconomic Status in U.S. Adults: 1971 to 2000," Obesity Research, Vol.12 No.10, pp.1622-1632.
肥満と社会経済的地位の関連について調べていて、このテーマに関係する論文を3本まとめて要約。まず最初の Wang et al. (2002) から。米国 (1974-1994)、ブラジル (1974-1997)、中国 (1991-1997)、ロシア (1992-1998) の4か国で子供(6-18歳)の肥満率のトレンドを分析したもの。各国の最新のデータを見ると、米国 (25.6%)、ブラジル (13.9%)、ロシア (9.0%)、中国 (7.7%) の順で肥満率が高い。データの時期が国によって異なるので、厳密なことは言えないが、ロシア以外では肥満率が上昇し、特に米国で上昇率が高い。

表1 各国の肥満率の年平均上昇率
Brazil China Russia USA
male 0.47 0.35 -0.98 0.58
female 0.45 0.08 -1.25 0.56


女性のほうが上昇率が鈍いのは、女性のほうが痩身規範が強く働いているということだろうが、米国の上昇率が最も高いというのはやや意外である。著者らが言うように、肥満は摂取カロリーが消費カロリーよりも多いことに起因しているはずだから、米国においてこの時期摂取カロリーがもっとも上昇した、あるいは消費カロリーの減少が激しかったということになる。ただこの時期の米国で豊かな世帯が増加してお腹いっぱい食べられる人が顕著に増えたとは考えにくいので、安くて高カロリーなファースト・フードなどの普及が原因ということだろうか。ロシアで肥満が減少している理由は、この時期、経済が混乱して一人当たり GDPが減少していることで説明されている。

興味深かったのは世帯収入と肥満率の関連で、1994年の米国では高収入世帯の子供ほど肥満率が低いが、1997年のブラジルでは高収入の世帯ほど子供の肥満率が高い。中国とロシアではほとんど関連がみられない。これまで何度か指摘されているのを聞いたような気がするが、近代化の進展に伴って、"痩せている/太っている" ということが社会的地位にもたらす含意が変わっていくということなのだろう。

二番目の論文では健康関連の指標が社会経済的地位によってどう異なるか、米国の全国サンプルで検討されている。それらの健康指標の一つに肥満率がある(20-64歳が対象)。世帯所得で見ても、学歴で見ても、最上層で肥満率が低いが、中層と下層の肥満率にはそれほど大きな差がない。男女別の集計はなされていない。

3番目の論文は、肥満と学歴の関連が 1971-2000 のあいだにどう変化したか記述した論文。20-60 歳が対象の米国の全国サンプル。全般に肥満率が上がっているが、高学歴者の肥満率の上昇率が高いため、学歴間の肥満率の差が縮小している。これは男女、人種別に分析されているが、ロバストな傾向である。ただ、最新の 1999-2000年のデータだけが突出してほかの年と異なる傾向を示しているので、その後の傾向も知りたいところではある。この分析結果は1番目の論文の結果とはあまり整合性がよくないが、対象者の年齢が異なるので、そのせいなのかもしれない。

献本御礼:中村高康『暴走する能力主義:教育と現代社会の病理』
表紙には ... 学習指導要領は教育システムが「育成」しようとしている「能力」の理念を間接的に表現している。しかし、その
「能力」が「新しい能力」であることを標榜しながら、実は陳腐なものの言い換えにすぎないもので一貫していたとしたら ... これが後期近代という時代に生じる能力論議の病的特質なのである。...
とあります。パラパラ読むとギデンズの再帰的近代の話がけっこう重要で、モニタリングと再帰性の過程が「能力」の評価課程にも働くことで、システムがうまくコントロールできず暴走する、といったギデンズ的な話なのかな、と想像しました。どうもありがとうございます。勉強させていただきます。
藤田結子・成実弘至・辻泉編『ファッションで社会学する』.F.モネイロン『ファッションの社会学』

ファッションの社会学の入門書と概説書。

『ファッションで社会学する』のほうは各章の執筆者が自分の研究成果についてわかりやすく概説しており、体系性のようなものはないのかもしれないが、わかりやすく、基本文献にも触れられており、入門書としてよいと思う。共著なので章によってクォリティにバラツキがあるのは致し方ないが、個人的には 1, 7, 10, 11章がおもしろかった。

『ファッションの社会学』のほうは前半は学説史、後半は自説の概説になっており、前半は役に立つ。後半はポストモダニズム色が濃厚で、根拠を示さず断言を繰り返し、私には理解できない文が多かった。ポストモダニズムが好きな人でないとついていけないだろう。学史は、ブランメルあたりから始めて、ジンメルを経て、アン・ホランダーとヴァレリー・スティールで終わっている。

献本御礼:菅原祥『ユートピアの記憶と今:映画・都市・ポスト社会主義』
京都大学に提出されたポーランド映画に関する博士論文をブラッシュアップしたものです。本の帯には
全体主義からの解放か
後期近代の苦しみか
映画人と人々の語りから、ポーランドにおける「社会主義」の記憶に迫る
とあります。どうもありがとうございます。勉強させていただきます。
「職場の健康促進プログラムが肥満者差別におよぼす影響」Powroznik 2017

Karen M. Powroznik, 2017, "Healthism and Weight-Based Discrimination: The Unintended Consequences of Health Promotion in the Workplace," Work and Occupations, Vol.44 No.2, pp.139-170.
職場の健康促進プログラムが太った人に対するイメージにどう影響するか分析した論文。太っている人は太っていない人に比べて社会経済的地位が低く、それは差別に起因するという説は米国ではけっこうある。とうぜん観察されない人的資本による疑似相関である(人的資本が低いほど太っていて、社会経済的地位も低い)という解釈もあるのだろうが、Powroznik はこれは差別だという前提で議論している。

こういった太った人に対する差別意識は、環境によってはっきり表明されたり、されなかったりすると Powroznik はいう。平等主義的な規範が社会や集団の中で共有されていたり、権力者や権威のある人々がこういった規範を支持している場合、偏見や差別意識は表明されにくいと考えられる。しかし、本音を隠すことはストレスなので、場合によっては偏見や差別意識は表明されることになる。 Powroznik によれば、差別の対象であるスティグマは自己責任であり、本人の努力や注意で避けられるようなものであると考えられるような場合、差別意識は表明されやすいという。これが肥満に対してあてはまりやすいということである。もちろん肥満は遺伝子や避けられない環境に起因している場合もあるので、単純に肥満が自己責任といえるのかどうか私は知らないが、いずれにせよ、人々が自己責任だと思っている場合に肥満差別は表明されやすいと予測されている。

このような「肥満は自己責任」という見方は、職場の健康促進プログラムによって強められるという。健康促進プログラムでは運動や食生活の改善によって健康を促進するように従業員に働きかけることになるが、これは個人が体重をコントロールできるという考え方にもとづいていることが多い。米国の半分程度のオフィスでは健康促進プログラムが導入されているというが、こういった環境下では肥満自己責任論が強まり、それは太った人に対する差別意識の表明につながる、という仮説である。

データはオンラインでのヴィネット調査で、架空の求職者の履歴書やエントリーシートを見てもらい、その人の印象や求職先の企業に雇ってもらえそうか、その企業にその求職者を推薦してもよいか、たずねられている。調査票は 4種類あり、求職者が太っている場合と痩せている場合(どちらも元々は同じ女性の写真で、画像を加工して太っているように見せたり、痩せているように見せたりしている)と、求職先の企業が健康促進プログラムを導入していると回答者に知らせている場合と、知らせていない場合を組み合わせて四通りになる。健康促進プログラム導入のシナリオの場合、具体的にどのようなプログラムを導入しているか示されており、本人の努力次第で健康は促進できるというイメージが喚起されている(はずである)。

理論上は、太っている求職者のほうが痩せている求職者よりも回答者の印象が悪く、その差は特に求職先が健康促進プログラムを導入していると知らされた場合に大きくなるはずである。確かに太っている人のほうが若干印象が悪いのだが、健康促進プログラムを導入している場合に特にその差が大きいというわけではない(つまり、求職者が太っているかどうかと健康促進プログラムの有無の交互作用効果は有意ではない)。これは仮説に反する結果のはずだが、なぜか著者は仮説が支持されたかの如く論を進めており、なんだかなー、という感じである。また、不思議だったのは求職者がやせていても太っていても、健康促進プログラムが導入されている場合のほうが、若干求職者の印象が悪くなっていて(統計的に有意かどうかは不明)、どういう効果なのか興味深い。健康促進プログラムのある企業は従業員に対する要求水準が高いというイメージがあり、そのせいで求職者がその要求水準を満たしていないと感じる人が増えるということだろうか?

求職者を求職先の企業に推薦するかどうかについては、記述統計からもとのクロス表をほぼ再現できるので、それを使って自分でロジスティック回帰分析した結果が下の表1 である。

表1 推薦するかどうかのロジスティック回帰分析
Model 1 Model 2
(Intercept) 2.44*** 2.36***
(0.27) (0.35)
肥満 -0.94*** -0.82
(0.27) (0.42)
健康促進プログラム -0.69** -0.55
(0.25) (0.45)
肥満 × 健康促進プログラム -0.20
(0.55)
AIC 24.25 26.12
Log Likelihood -9.12 -9.06
***p < 0.001, **p < 0.01, *p < 0.05 N = 445

従属変数は求職者を求職先の企業に推薦するかどうかで、独立変数は求職者が太っているかどうかと、求職先が健康促進プログラムを導入していると知らされているかどうかである。やはり、肥満と健康促進プログラムの交互作用効果は有意ではなく、Model 1 と Model 2 の適合度を比較しても Model 1 のほうがよいので、Model 1 を解釈すれば十分である。これを見ると、求職先が健康促進プログラムを導入していると知らされていると、有意に推薦される確率が下がっており、交互作用効果は無視できるので、これは求職者がやせていてもほぼ同じだと考えられる。これは Powroznik が想定しているようなメカニズムであるとは考えにくい。にもかかわらず、こういった自分の仮説にとって不都合な事実を伏せるというやり方は、研究者として不誠実であると言わざるを得ない。

とはいえ、ヴィネットを使って見た目からのイメージを調べるというやり方は偏見の研究としてはまっとうだろうし、社会心理学でも使われていそうで、興味深く思った。写真を加工して太って見せたり、痩せて見せたりしているのだが、これもどの程度太らせるのかに結果が違ってくる可能性もあるので、けっこう好奇心をそそられる問題ではある。

「嘘つきデマゴーグはなぜ信頼されるのか:正当性の危機に関する深い真実」Hahl, et al. 2018

Oliver Hahl, Minjae Kim and Ezra W. Zuckerman Sivan, 2018, "The Authentic Appeal of the Lying Demagogue: Proclaiming the Deeper Truth about Political Illegitimacy," American Sociological Review, Vol.83 No.1, pp.1-33.
なぜ嘘つきのデマゴーグを信頼する人がたくさんいるのか論じた論文。米国のトランプ大統領に代表されるように、あからさまな嘘をつく政治家が世論の支持をえることは珍しくない。Hahl, Kim and Zuckerman Sivan が大統領選の八日後に行ったネット調査によると、トランプ大統領に投票した者のうち、彼の言ったことが highly true だと答えたものは 5% しかおらず、彼が何かしらいい加減なことを言っていると認識している。それにもかかわらずトランプ投票者の 61.8% はトランプのことを highly authentic (本物、信頼できる)と考えている。嘘つきなのに信頼できるというのは矛盾しているように思えるが、Hahl らによれば、むしろ嘘つきだからこそ本物の政治家であり、信頼できるのだという。もちろん、嘘つきがどんな状況でも authentic だと認められるというわけではない。以下のような条件が整う必要がある。
  1. 正当性の危機がなければならない。Establishment と呼ばれるような政治エリートに対する強い不信と不支持がある程度多くの有権者のあいだにあるという大前提がある。
  2. さらに、Hahl らは明示していないが、 Establishment が嘘をつくという行為を正当な規範に対する違反だとはっきり認めていなければならない(日本ではこの条件が成り立つのか怪しい)。これらの状況がそろえば、嘘をつくという行為は、既存の秩序に対する挑戦であり、Establishment と自分はまったく違うというメタ・メッセージを遂行的に有権者に送ることができる。これを symbolic protest と Hahl らは呼んでいる。
  3. この場合の嘘は、誰でもちょっと調べればすぐに嘘だとわかるようなあからさまな嘘のほうがよい。嘘か本当かよくわからないような灰色の嘘の場合、聴衆はそれが symbolic protest なのかどうかよくわからず、Establishment に対する挑戦というメタ・メッセージが聴衆に届かないのである。
  4. 最後に、自分は何らかの意味で没落しつつあるような社会的カテゴリに属していると(少なくとも聴衆自身が)認識していることである。具体的には、政治エリートたちとは異なる集団に属しているか(代表性の危機 representation crisis )、あるいは政治エリートたちと同じ集団に属してはいるが、政治エリートが部外者たち (outsiders) をひいきしているような状況(権力切り下げの危機 power devaluation crisis )が想定されている。
Hahl らは明示していないが、これらは嘘つきデマゴーグが信頼できると思われるための必要条件ではなく、十分条件だと考えるべきだろう。これらの条件が整うと嘘は腐敗した政権に対する象徴的抗議であり、有権者の利益のための行為であり、彼女のやっていることは正しいとみなされるということである。それゆえ、表面的には嘘をついていても、より深いレベルでは信頼できるということになる、という理屈である。

この仮説が正しいかどうかを検証するために、ヴィネット調査による実験がなされている。データはオンライン調査で得たもので、架空の大学生の自治会長選挙の候補者に対する評価をたずねている。自治会長選挙では、大学当局の出したキャンパス内禁酒令への賛否が主要な論点となっており、現職と対立候補の新人が立候補している。現職は嘘をつかないが、対立候補はあからさまな嘘をついたうえに女性差別的発言までする、という設定になっている。実際には上述の代表性の危機と権力切り下げの危機に対応する二種類の調査がなされているのだが、いちじるしく煩雑になるので前者の代表性の危機についての調査だけ解説する。

調査ではまず回答者を Klee and Kandinsky test という方法で無作為に二つのグループ(現職と同じグループか違うグループか)にふりわけている。これはパーソナリティを調べるいくつかの質問をした後に、回答者に対して、「あなたは Q2 型のパーソナリティです」あるいは「 S2 型のパーソナリティです」と知らせるが、実際には回答とはまったく関係なくランダムに Q2 と S2 に割り振られる。そして現職の自治会長が Q2 型だと知らされる。これはすべの回答者に共通の手続きである。

調査票は4種類あり、正当性の危機があるかどうか × 現職と新人のどちらの評価を求められるか= 4種類ある。正当性の危機がある場合のシナリオでは、現職の自治会長が現在の地位を利用して私腹を肥やしている(ただし違法行為ではない)とされ、代表性の危機がないシナリオでは彼女は職務の範囲を超えて他の学生のために尽くしているとされている。回答者は現職または新人の候補者をどの程度 authentic だと思うか、7段階で評価する。

分析の結果、正当性の危機があり、回答者が現職とは異なる S2 型のパーソナリティだと知らされている場合の嘘つき対立候補の平均 authentic 評価が最も高くなる。これは正当性の危機がない状態の現職よりも高い(単純に禁酒に反対の人が多いということかもしれないが)。面白いのはこれらのヴィネットの条件のあいだには交互作用効果があるように見えるところで(交互作用効果の検定はなされていない)、正当性の危機や回答者が S2 型に割り振られていることの主効果はそれなりにあるのだが、両者がそろうとさらに効果が増すように見える。ほぼ同様の結果が権力切り下げの危機のシナリオにかんしても得られている。

ヴィネットの使い道としてとてもおもしろいと思った。Hahl, Kim and Zuckerman Sivan の議論を日本に敷衍するならば、嘘つきデマゴーグの言っていることを嘘だと批判してもあまり効果がないのは、嘘は嘘つきが品行方正なエリートとは異なる種類の人物であることの証拠であり、そういった人物を支持したいと考える人がたくさんいるからだ、ということになる。例えば、在特会の主張は嘘であるからこそ一部の人々にアピールするということになる。事実と論理を何よりも重んじる研究者としては憂鬱な話であるが、説得力は感じた。

この理論が正しいとすれば、グローバル資本主義を批判する活動家が抗議行動の途中で一般の店舗を破壊することがあったが、むしろ破壊したほうが支持が得られる(グローバル資本主義に否定的な人が多ければ、という条件付きだが)ということになるが、そうなのだろうか。また、日本の場合、Establishment といえば自民党とその支持者たちということになるが、彼らがそもそも嘘をついてはいけないという規範を持っているかどうかは微妙で、発語内的には嘘はいけないということを繰り返し言うわけだが、メタ・メッセージとしては、彼らの信じる正義のためなら多少の嘘は構わない、と言っているように見える。それゆえ、安倍内閣支持にこの議論があてはまるのかどうかは、私にはよくわからない。

健康の階層間格差の累積的プロセスのメカニズム, Willson et al. 2007

Andrea E. Willson, Kim M. Shuey and Jr. Glen H. Elder, 2007, "Cumulative Advantage Processes as Mechanisms of Inequality in Life Course Health," American Journal of Sociology, Vol.112 No.6, pp.1886-1924.
健康の階層間格差のメカニズムについて論じた論文。近年、健康の階層間格差が注目されているが、米国ではこの格差は高齢になると縮小するとする結果がいくつか報告されている。しかし、このような加齢による健康格差の縮小はセレクション・バイアスによる推定の歪みではないかとする説もある。なぜなら不健康な人が高齢になってさらに不健康になり、入院したり亡くなったりして、サンプルから脱落することによって、階層間格差が高齢層で小さく見えてしまう可能性があるからである。結論から言えば、Willson, Shuey and Elder は分析結果から後者の説を支持し、健康の階層間格差は高齢になっても縮小しないと述べている。

もう一つの問題は、健康の階層間格差は累積的 (cumulative) な過程なのか、そうだとすればどのようなメカニズムで生じているのか、という問題である。累積的過程といってもさまざまなメカニズムが考えられるが、Willson, Shuey and Elder は経路依存 (path dependent) 型と暴露持続 (exposure duration) 型の二種類を考えている。数理モデルが定式化されておらず記述があいまいだが、だいたい以下のようなモデルが想定されていると思われる。経路依存型では、社会経済的地位は若いうちに分化してその後地位の格差は拡大していくので、その分健康格差も拡大する、というプロセスが想定されているように読める。すなわち、Hit を個人 i の時点 t における健康度、SESit を個人 i の時点 t における社会経済的地位とすると

eit と rit が平均ゼロで独立に正規分布し、a1 が正で b > 1 ならば、時間の経過とともに SES が最小の人たちと最大の人たちの SES の差が拡大していきそれに比例して健康の格差も拡大していくと考えらえる(ちゃんと証明していないが直感的に正しい気がする)。これが経路依存型である。つまり出発点で上にいた人は健康な良い道を、下にいた人は不健康な悪い道を歩いていくが、二つの道はどんどん離れていく、というイメージである。このモデルのポイントは、時点 t の健康は、時点 t の SES からのみ影響を受け、それ以前の SES は直接効果を持たない(間接的には持つ)という仮定をしていることである。

暴露持続 (exposure duration) 型では、時点 t より前の SES も健康に直接的な影響を持つと仮定する。例えば SES の高さに比例して、体に有害な物質がたまっていき、一度体内に入ると二度と排出されないとしよう。そしてこの体内の有害物質の量に比例して健康度が決まるとする。個人 i が時点 t に取り入れる有害物質の量を Yit とすると、

と表せよう。このモデルでは、過去の SES の格差は、その後もずっと体内の有害物質の量の差として健康格差を作り続ける。もしも SES の差が加齢によってなくならないならば、健康格差は拡大し続ける。

繰り返すが、これらのモデルは明示されておらず、ぼんやりとした抽象的記述があるだけである。検証には Panel Study of Income Dynamics の 1984-2001 で 1984 年時点に健康だった 26-75 歳がデータとして用いられている。分析はマルチレベルモデル(random-effects model と計量経済学で呼ばれているもの、この場合は成長曲線モデルとも呼ばれる)で従属変数は主観的健康度である。収入と資産を時間的に変化する変数として投入し、学歴と一貫低収入ダミーと一貫少資産ダミーを時間的に変化しない変数として投入している。時間的に変化する収入や資産は SESit を測定していると考えられており、これらが有意な効果を持つならば、経路依存型の累積的健康不平等があると Willson, Shuey and Elder は考えている。いっぽう一貫低収入ダミーとは、測定されたすべての時点で収入が 20 パーセンタイル未満かどうかを示すダミー変数である。一貫少資産ダミーも同様に計算されている。これらが有意ならば t より前の時点の SES が t 時点の健康度に影響を及ぼしていることになるので、暴露持続 (exposure duration) 型が支持されると考えられている。ただし、私が上で述べたモデルよりもずっと不細工ではあるが。

分析の結果、教育年数、収入、資産、一貫低収入ダミー、一貫少資産ダミーはすべて有意で、予測通りの結果である。ただし、収入と資産は同時にモデルに投入されていない(多重共線性を避けるためか?)。つまり、経路依存型と暴露持続の両方のメカニズムが働いていると Willson, Shuey and Elder は述べている。また、年齢が上がると収入や資産の効果が弱まるのは、古いコーホートだけであり、それについても傾向スコアを使って補正すると有意ではなくなってしまうことから、加齢によって SES の効果が弱まるとする説を否定している。

気になった点を順不同で。まず一点目。主観的健康は5段階で評価されており、上限と下限がある。このせいで不健康な人の増える高齢期において天井効果(「床」効果というべきか?)があらわれ、階層間格差が小さく見える可能性もあると思うのだが、そういった可能性については触れられていなかった。順序ロジットのようなモデルを使えばこういった問題は回避できそうだが、そういう分析はないのだろうか。

次に気になった点。サンプルを古いコーホートに限定して傾向スコアを使って分析する際に、傾向スコアを投入していないモデルも推定しているのだが、そもそもこのモデルで年齢と SES の交互作用効果が有意ではない(年齢と収入の交互作用効果は 10% 水準で有意だが、いまどき 10% 水準なんて意味あるとは思えない)。傾向スコアを投入することでこの交互作用効果の推定値が予測通りに変化しているのは、年齢と収入の交互作用効果が .0018 から .0016 へと変化している点だけで、これも 11% 程度の減少に過ぎない。傾向スコアの効果は有意だが、本当に著者たちが想定しているようなメカニズムでバイアスが生じているのかどうかについては疑問が残る。

三点目。一貫低収入ダミーでは、20パーセンタイルの上か下かだけしか見ておらず、ここを区切り値にする根拠も示されていない。また、17年間のうち、16年間低収入だった人も、ずっと低収入ではなかったひとも、一貫低収入ダミーはゼロになってしまう。このような仮定は暴露持続型の測定モデルとして適切とは言い難い。

という具合にテクニカルにはツッコミどころがいろいろあるのだが、パネル・データで健康の分析をするというのは悪くないと思う。セレクション・バイアスの問題は昔から指摘されてはきたがこれを補正した分析は初めて読んだので、この点も高く評価したい。コーホートを考慮している点も適切な処理として評価できる。お金も地位も名誉もいらないとうそぶく人は珍しくないが、健康もいらないという人は珍しいように思う。健康は究極のライフ・チャンスともいえ、社会階層研究でもっと分析されていいと思う。

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