Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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『人はいかに学ぶか―日常的認知の世界』
人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 今回は下記の学習心理学について。
稲垣 佳世子, 波多野 誼余夫,1989,『人はいかに学ぶか―日常的認知の世界』中公新書
著者たちによれば、従来の教育学の根底には、学習者を、受動的で、怠け者、無能な者とみなすようなところがある。しかし、実際には(実験や調査は小学校ぐらいの子供を主に対象としている)、学習者は、知的好奇心を持ち、実際的な目標との関係で能動的に学習や研究をする存在であるとされる。教師の仕事は知識の「伝達」ではなく、このような能動的な学習者の支援であるということになる。もちろん、いくら能動的であるといっても、放っておいたら、より一般的で深い理解へと学習者が進まない場合はしばしばあるので、教師や教育制度の必要性は疑いえない。

著者たちの主張は、首肯できる。しかし、これを社会学の大学院教育の文脈で考えれば、どうなるだろうか。社会学の大学院の進学者の大半は、自分なりの関心と知的好奇心を持つ能動的学習者である。実際、多くの大学院では、教師の仕事は、知識の「伝達」ではないと考えられているのではないだろうか。では教師の仕事はどのようなものなのだろうか。なされるべき支援はどのようなものか。

著者らは、学習者たち自身が、議論をしたり、試行錯誤や実験を繰り返すことの重要性を強調している。正しい知識は、教師から授かるのではなく、自分たち自身の活動を通して獲得していくものであるし、自ら獲得した知識こそ学習者の血肉となる。このような著者たちの主張ももっともである。ただ現実問題として、論文を書くのには最低でも半年はかかる。あまり長期間ほったらかしにすると、ぜんぜん研究が進まなかったり、とんでもない方向に進んでいたりするので、定期的な方向の微調整や研究方法の相談が必要ということになる。

また、正統的周縁参加の教育効果を著者たちは認めているフシがある。大学院教育においてもこれは重要だろう。研究のトレンドは日々少しずつ変わっていく。また、言語的な伝達の難しい暗黙知も、研究には必要であろう。そのような知識は、師匠の研究に参加しながら、感じていくのであろう。

ただ、こうやって見ていくと、結論は当たり前のことが多く、大なり小なり、教育現場で実践されていることばかりである。一口に「支援」するといっても、実際にはどのように、どの程度、口を出すべきなのかは、よくわからない。

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人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 (中公新書)(1989/01)稲垣 佳世子波多野 誼余夫商品詳細を見る ■感想 効率のいい学習が自分でできているか...
hobo-多読多評- | 2009/05/19 6:28 AM
 

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