Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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合理的行為、不確実性、知識
 次の論文の準備で下記の本を読んだ。
伊藤 邦武, 1997, 『人間的な合理性の哲学―パスカルから現代まで』 勁草書房.

 私のように合理的選択理論に親しんでいるものにとって、「合理性」とは、行為の属性である。つまり、合理的な行為とか、非合理的な選択といった概念は理解できるが、合理的な期待とか、非合理的な知識といった概念にはあまりなじみがない。しかし、認識論における合理主義のように、思想史的には、合理性とは人間の認識の属性であるという考え方のほうが歴史が古いのだろう。ちなみに認識における合理主義とは、イギリス経験主義と対立的にとらえられるもので、われわれの知識の源泉は経験ではなく、理性にあるとする立場である。われわれの個々の経験はあやふやだが、数学をはじめとしたわれわれの理性的な思索を通して得られる知識は確実であると考える。このような合理主義に与しなくても、合理的な考え方、とか、合理的な判断、という言い方はそれほど不自然ではない。この場合、論理的・理性的な考え方や判断であることを意味していると考えられる。

 ここからが本題だが、伊藤邦武氏の合理性に対する考え方はユニークである。彼は、合理性不確実性を結び付けて考える。なぜなら「正しい」判断とか、「正しい」選択といわずに、わざわざ「合理的な」判断とか、「合理的な」選択、というのは、われわれが不確実な予測や仮定にもとづいて判断や選択を行っているため、それらが絶対に「正しい」といえるケースはほとんど無いからである。確かに、我々の日常的な判断や選択は、十中八九、不確実な状況で行われている。例えば、私は自分の研究室の屋根が突然落ちてきたり、火事が起きたりしないという前提で活動しているが、そのような判断が絶対正しいという保証はない。しかし、手持ちの限られた知識から、実践的なレベルで妥当な判断・選択をすることは可能であるように思える。

「合理」とは、こうした日常の有限な、制約を持った条件下において、それにもかかわらずそれに批判的な反省をおこなうための、評価としての重要な役割をになっているのである (p.xi)。
つまり、絶対正しいとは言えないが、理性的に考えて十分妥当な判断が合理的判断であり、そのような判断にもとづく行為が合理的行為ということになる。

 こういう観点に立てば、人間的合理性の哲学とは、不確実性や確率の哲学とほとんど同義になる。こうして、パスカル、コンドルセ、ケインズ、ラムジー、サヴェッジ、パースといった人々の確率の哲学が検討されていく。ただ、勉強にはなったが、今のところ役には立ちそうにない。結局、期待効用理論を修正するような話はほとんどなくて、その基礎付けをめぐる議論が中心なのである。私としては、あまりそういう根源的な話には深入りしたくないというのが正直なところである。

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