Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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エスノグラファーのジレンマ: 現代のナロードニキたち
 昨日、関西社会学会のシンポの打ち合わせで話をしていて、面白い問題に行き当たったので、考えてみよう。私は、若年非正規雇用に関係のある論文ならエスノグラフィーであろうと、統計的な分析であろうと、しらみつぶしに読むような勢いで読んでいる。それでは、私はどの程度、非正規雇用の若者にインタビューする必要があるだろうか。幾人かの先生から、エスノグラフィーを読むだけでなく、もっと実際に会って話を聞くべきだと示唆されたのだが、これは少し意外というか、「なるほど」というか、複雑な思いを味わった。
 つまりいくらエスノグラフィーを読んでも「現実」はわからないから、当事者に会うべきだ、というのはひとつの方法論的立場としてありうる。しかし、それならばエスノグラフィーは何の役に立つのだろうか。私は、良質なエスノグラフィーは、実際に当事者に会うよりも「真実」を伝えるものだと信じてきた。実際、十分なスキルを持たない社会学者が中途半端に当事者に話を聞いても、当事者はこちらが知りたいことを教えてはくれない。それゆえプロのジャーナリストやエスノグラファーが必要になるのである。それゆえ、直接インタビューするよりも、エスノグラフィーを読むほうが、ずっと「効率」がいい、というのが私の方法論的立場である。もしも私が麻薬の密売人とか、大企業の社長とかまったく会ったこともない人々について研究するのならば、それはかなり難しいだろうが、非正規雇用は、大学にも、コンビニにも、電車の中にも、私の住んでいるマンションの中にも、ありとあらゆるところにいるわけで、むしろ日常生活の中で注意深く観察するほうがずっと勉強になる。
 私にサジェスチョンしてくれた先生たちの立場に立って考えれば、エスノグラフィーからも学べるが、エスノグラフィーからはわからない「現実」がフィールドにはある、ということがいいたいと思われる。しかし、そのような「現実」は良質なエスノグラフィーをもってしても、言語化できないような「現実」である。そのような暗黙知がどのように私の研究に役立つのだろうか。彼らはそれが役に立つという確信を持っているようなのだが、それを証明することはできない。なぜならば、言語化し得ない「現実」は対象化されえず、対象化されえない暗黙知のはたらきについて私たちは知ることができない。このような方法論的ジレンマを、エスノグラファーのジレンマと呼びたいのだが、私が今回思い当たったのは、このジレンマである。要するに、エスノグラファーはフィールドを「知っている」ということを武器に認識論的な優位を主張するのであるが、そのような優位性を根拠付けるためには、自らのエスノグラフィーが、フィールドの暗黙知を伝えることが不可能であるということを認めなければならない。つまりエスノグラフィーはほとんど役に立たないことを暗に認めることになってしまうのである。しかし、エスノグラフィーにそのような高い性能があると主張すれば、私のように自分からはフィールドワークしようとしない研究者を批判できない。
 フィールドワーク系の社会学者とは、ナロードニキによく似ている。「民衆の中へ。」民衆はわれわれミドルクラスとは、まったく違った現実を生きており、それを肌で感じるべきだ、というわけだ。しかし、そこにオリエンタリズムのようなものを感じずにはいられないのである。
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コメント
from: hys   2008/12/17 2:31 PM
 いつも先生のブログを読んで大変勉強させていただいています。さて、本件ですが「現実」が「言葉にできる/できない」ということと同じくらい、エスノグラフィーをする研究者が「現実」を「言葉に残す/残さない」ということも効いてくるのではないかと思えます。

 あるテーマを明らかにする論文や調査報告書を成立させるには、研究者がフィールドで得た情報を取捨選択する必要があります。何でもかんでも書いてしまうと論文になりませんから。論文等が作成されるプロセスでこうしたことが起こると想定することが当を得ているとすれば、書く人に結果的に必要とされず、捨てられた情報が、読み手にとって重要なことも大いにありえるように思えます。これが「エスノグラフィーからはわからない「現実」がフィールドにはある」ということに繋がるように思えます。

 もっとも、「当事者」が世の中に伝えたいことと、と研究者のそれがいつも一致しているとは限らず、意地悪に言えば「民衆の中へ」という薄甘い理想がありながら、書く人と書かれる人の階層性がそこにある。下手をすると「当事者」の語りは、ミドルクラスたる研究者の自己満足や栄達に利用されるだけでしかないんじゃないの?、という気がしないわけでもありません。私は別にこれがわるいとは思えませんが・・・。

 煎じ詰めて言えば、聞き取りによる研究であっても、書かれた物に残されるのは現実の薄まった一部であり、その点では計量的な研究と変わらないということです。長々と失礼しました。
from: sociology   2008/12/17 3:01 PM
そうですね。確かに書く、書かない、というのも大きいですね。しかし、そんなに大事な情報ならば、何らかの形(例えばWEB上)で公開すべきですよね。あえて公開しないケースが多いのはプライヴァシーの問題もあるとは思いますが。
また、最近では調査倫理が厳しくなっているので、出来上がった論文の草稿は発表する前にインタビュイーに見せて、了解を得ることが倫理的に義務付けられています。ですから、ちゃんとやっているならば、そんなに当事者の意に反するエスノグラフィーができるということはないはずです。しかし、社会学者のインタビューに協力しても、「業績」のために利用されるだけだから嫌だ、という人もいるようです。そう言われても仕方のないような現実があるのですが、社会学者としては悲しいことです。
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