Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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「XXとは何か?」という問いの不毛
 これも酒飲み話の補論。
 社会学では、「権力とは何か?」「イデオロギーとは何か?」「社会とは何か?」といった問いがしばしば問われるが、私は、こういった「XXとは何か?」という問いの形式は、教科書や啓蒙的な文脈ならばともかく、個々の研究を主導するリサーチ・クエスチョンとしてはしばしば不毛であると考えている。不毛であるというのは、他人を説得できるような証拠やロジックに基づいてオリジナリティのある結論を導くことができないだろうという意味である。

 例えば、「市民社会とは何か」という問いを考えてみよう。私の知るかぎり、このような問いにアプローチする方法は、2つある。一つは現象学的な方法、もう一つは学説史的方法である。
 現象学的方法とは、自らの知覚や意識を反省的にとらえ返すことを通して、自分自身が「市民社会」というものをどのようにとらえているのかを明らかにしていく方法であると考えておく。このような方法は、予備的な考察としては重要であるが、「市民社会」の捉え方には、当然個人差がかなりあるので、現象学的方法は、自明でないカテゴリに対しては有効ではない。また、考えさえすれば答えが出るので、たいていの言葉に関しては、すでに論じられていると考えたほうがよい。それゆえ、「キャバ嬢とは何か」といった最近の現象についての問いとしては有効かもしれないが、適用範囲は限られると思われる。
 学説史的方法とは、その言葉を有名な研究者がどのように用いてきたかを明らかにすることである。そのため、正確には、、「市民社会とは何か」ではなく、「市民社会という言葉をAさんはどのような意味で用いたか」という問題を研究することになる。しかし、Aさんが市民社会という言葉をある意味で使ったからといって、そのような用法がわれわれにとっても適切だとは限らない。Aさんの神のごとき権威がわれわれの間に共有されている場合にのみ、学説史的方法は有効である。
 ソシュール以降、言葉に客観的な意味などない、というのは定説になっていると思う(言語学に詳しい人がいたら教えてください)。「市民社会」という言葉が何を意味するのかは、客観的には決められないのである。言語の実態とは、人々がコミュニケーションに志向しつつも、勝手な意味を付与しながらその言葉の意味を理解しているというところであろう。ある言語共同体の中では、言葉の意味は人それぞれ微妙に異なってはいるが、家族的な類似性を持っているという場合が多いのではないだろうか。そのような状況で、自分好みの「市民社会」の意味を人に説得することは、不可能ではないが、ダメでもともとだと思ったほうがいい。すくなくとも「論理的に市民社会の意味はこうなる」とか「このような証拠があるから、市民社会の意味はこうなる」といった論証は絶望的な感じがする。

 ありうるとすれば、ローティの言うリベラル・アイロニストとしての戦略だけである。つまり、論証するのではなく、「こんな意味で市民社会を使ったらいいとおもうんだけど?」といった誘惑・勧誘の形をとることになるだろう。しかし、それは社会学にとっては副産物に過ぎないのであって、「XXとは何か?」といった問いは、研究を主導する問いにはなかなかならない。地道な、しかし、地道に研究を積み重ねれば答えの出る問いに愚直にアタックし続けることこそ、研究者の基本だと私は思うのである。その副産物として魅惑的な言語ゲームが生まれるならば、それは研究者として望外の喜びとなるだろう。

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