Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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『ストリート・コーナー・ソサエティ』を読む
評価:
ウィリアム・フット ホワイト
有斐閣
¥ 3,990
(2000-05)

 都市エスノグラフィの古典として、質的研究のテキストでもしばしば参照される有名な本。本書は、3部構成からなる。最初は、著者の研究の発端からフィールドワークの終了までを描いた、いわば裏話に近い「はじめに」の部分。これが90ページほどある。次は、「一部 小物たち --- 街頭の若者たちと大学の若者たち」。最後が、「二部 大物たち --- やくざと政治家」である。つまり本当は二部構成なのだが、かなり長い「はじめに」がついていて、この「はじめに」の部分がこの本を古典にした要因であるように思えるのである。現在の私の観点からみれば、本論(「小物たち」「大物たち」)に書いてある内容は、他愛もない話が大半で、誰と誰が喧嘩をしたとか、ボーリングに組織構造が反映されるとか、大学の若者たちは仲間より自分の出世を大事にするが、街頭の若者は違うというような、どこかで聞いたことのある話ばかりである。暇を持て余していれば楽しく読めるのかもしれないが、正直言って、こんな話を200ページ以上も読まされるのは退屈である。むしろ重要なのは「はじめに」の部分で、ここにはエスノグラファーがフィールドで直面する様々な苦労やジレンマが述べられており、ここだけはお勧めできる。

 特にエスノグラファーのマージナル・マン(最近はマージナル・パーソンというのか?)としての立ち位置については考えさせられた。エスノグラファーは、ふつう研究対象となっている共同体の一員になることはない。準構成員にはなれるかもしれないが、そもそも観察するために参加するという参加の動機が異常なのであり、普通の構成員とは異質であるのは明らかである。その際に、できるだけ普通の構成員に近づくべきなのか、という問題が生じる。確かピーター・バーガーも書いていたと思うのだが、マージナル・マンの位置に留まるべきだという考え方が教科書的な回答である。佐藤郁哉さんも同様のことを書いている。しかし、ホワイトが本当にそれを実践しているかどうかは疑わしい。ホワイトは、明らかにドックという彼のインフォーマントに肩入れしており、ドックを知恵があり、仲間思いの善玉として描き、チックという大学生を偽善的で自己中心的な悪玉として描いている。ホワイトはコーナービルという町では、マージナルマンであり続けたと思うが、あんなに露骨に特定のインフォーマントを称揚し、別のインフォーマントに対しては批判的に書くことが許されるのだろうか。 街頭の若者はそれほど忙しくはなさそうなので、ホワイトの話し相手をしてもそれほど迷惑ではないだろうが、あれだけ調査に協力してくれた人々を本人の同意や許可もなく批判的に描くというのは、現在では不可能だろう。しかし、フィールドで出会うのはいい人ばかりではない。エスノグラファーの視点から見て、いやな奴、あるいは批判すべきと思われる人物にも会うわけで、正直に書こうとすれば、ホワイトのように批判的な記述になってしまうのもわかるのである。

 もう一つは文体の問題である。ドックの発言からの引用がかなり頻繁になされており、このストリート・コーナー・ソサエティは、ドックの視線から描かれている。しかし、それが小集団を適切に描くということだろうか。それならばまだ『貧困の文化』の羅生門的方法のほうが説得力もあり、「厚い記述」になっているように思える。

 最後に、いったい何のためのエスノグラフィーなのか、という問題である。ホワイトは「はじめに」の部分で、ドックから何のためにフィールドワークするのか、と聞かれる部分がある。

「社会改革でもやりたいというのかい」「うーん、まあそうです。 ...(中略)... 実態をできるだけ理解して、それを書きとどめ、そしてもしそれが何らかの影響を与えることができるとすれば...」
確かに、この本はコーナービルという町の一断面を記述してはいるが、それが何の役に立つのかはよく分からない。ホワイトはこのような批判を意識していたようで、「はじめに」では言い訳がましい記述がいくつかあって、むしろ見苦しく感じた。「役には立ちません。ミドルクラスのエキゾチズムをくすぐるために書きました。学者として出世するために書きました。」とは言えないだろうが、もう少し何とかならないのだろうか。

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