Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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新卒学生の就職活動
本日はお疲れ様でした。
前回の亀山さんの投稿にシティズンシップと「正社員」の話がありましたが、それを読んでから「そういえば前期のレポートで若干関連のあるテーマで何か書いてたなあ」ということを思い出しました。ゼミのテーマが「権力」であり、今回の実験実習の問題関心と方向性がちょっと違いますし、何より筆力不足で見苦しいレポートですが、何かの参考にしていただければと思い投稿してみました。(レポートそのまんまコピペしたんで無闇に文章が長くて申し訳ありません。)
コメントなどいただけたら、とてもうれしいです。


アイデンティティの再編成として分析する「就職活動」

新卒学生の就職活動が「氷河期」にあると言われるようになって久しいが、現代の日本において「就職する」ということは、単に正社員として定職につくということ以上の意味を持っているように思われる。つまり、単に働いているだけの状態(アルバイト・派遣社員)と、会社員として働いている状態には、その価値に大きな開きがあるのである。例えば、クレジットカードの入会の際に記入する用紙には必ず職業記入欄があり、入会希望者は職務内容に関わらず、まず「会社員」と「パート・アルバイト」に分けられる。それが社会的信用を図る目安だからである。もちろんクレジットカードの使用は一種の借金であるから、支払能力の有無を見ているという面もあるわけだが、例えば手元の入会用紙に、「年収1000万」の「アルバイト」のものと「年収500万」の「会社員」のものがあったとしたら、あなたはどちらに社会的信用を感じるだろうか。そしてこの「社会的信用」は「市場価値」と言い換えることはできないだろうか。また、我々が生活する中の日常会話で「社会に出たら、そんな学生みたいなことはしていられない」とか「やっぱり社会人は学生と違うから」とかいう言葉を耳にすることはないだろうか。新しいアルバイトを始める際に、「アルバイトだけれども、社員の自覚と責任を持って働いてください」と言われることはないだろうか。例を挙げるのはこの程度にするが、たとえ漠然としたものであっても、「社会人」と「非社会人」との間に明確な境界線が引かれているということを感じていただけたのではないか。(注1)
では、なぜ「社会人」と「学生」といった区分が我々にとって社会的に大きな意味を持つのか。これはやや同義反復的な物言いになるが、これらの区分は家族や友人関係といった比較的密な人間関係の中ではなく、より広く浅い人間関係、つまり世間一般における対人関係において「自分」を表象するラベルの最も有効なものの一つだからである。私たちは家族に対しては「息子」や「娘」であったり「夫」や「妻」であったりするし、近しい人たちにとっては「友人」や「親友」、「恋人」であったりする。しかし、世間一般というより広い文脈では少なくとも日本の社会では、例えば「○○の息子だ」というラベルは基本的には意味を成さない。そうした状況では自他を表す属性として「学生」や「会社員」が意味を持つのである。

思えば私たち大学生はこれまでの人生のほとんど全てを「学生」として過ごしてきた。そして遠くない未来には「学生」というラベルを捨てて「社会人」という身分を取得し、今度は残りの人生の大半を「社会人」として生きていくことになる。この人生における二つの大きな「属性」の境界線の上に位置する、いやむしろ境界線そのものであるのが「就職活動」である。本稿のテーマは「就職活動」の分析である。ただし、今回の分析では基本的に新卒大学生の就職活動に話題を限定することにする。日本における終身雇用制度の枠組みと「終身雇用志向」が弱まってきている現代において、新たに職業を得るための営為という意味での「就職活動」という語は自動的に非常に多様なケースを包摂してしまうからである。したがって議論を集約するためと、個人的な経験を題材とできる利点から、前述のごとく限定した意味での就職活動分析を行っていくことを断っておく。

さて、就職活動は一般的に一定の決まったプロセスを取るが、その中でも最も重要とされているのは面接試験である。特に、近年の学歴を比較的重視しない傾向や、成績や筆記試験による能力審査を絶対視しない傾向とあいまって、人柄や潜在能力をはかろうとする面接試験はますます重視される傾向にあると思われる。(ちなみに、私がかつて採用された会社では、書類選考による間引きをせず、三回の面接試験が行われ、筆記試験は実施されなかった。)前置きが長くなったが、この面接試験を中心とした就職活動という境界線をアイデンティティの再編成が行われる場として分析することが、本稿の目的である。

就職活動において、非常に重要な意味を持っているのが「自己分析」である。自己分析とは、文字通り「自分がどのような人間か」ということを模索する作業であり、就職活動の中核をなすものである。面接試験では様々な質問(例えば、「当社を志望する理由を説明してください」から「昨日の夜は何を食べましたか」まで、挙げれば切りがない)がされるが、そこで質疑応答の全ては、
● 自分はどういう人間で
● 何ができて
● 何をしたいと考えているか
をあぶりだすことを目的としている。こうした質問に「自分なり」の答えを用意する過程として自己分析は必要不可欠であり、そのために例えば「自分史」(自分のこれまでの人生を振り返り、どのような状況でどのような行動をとってきたか、どのような事件があったか、そのとき何を思ったか…といったことを書き出す)を製作したり、「他己分析」(家族や友人などに、「自分に対する印象」を中心にいろいろと書いてもらい、客観的視点で自分がどう見られているかを知る)をしたり、「精神分析テスト」(自分の性格とそこから想定される職業適性を分析してもらうテスト)を受けたりする。これらの過程は、主観的視点と客観的視点から自分がどのような人間かを洗いなおす作業であり、自己分析の大きな部分を占めている。
さて、では学生はどのようなスタンスで自己分析に臨むのだろうか。

就職活動では自己分析が重要だとよくいわれます。「そういえば、これからは実力がないとやっていけない時代らしいし、自分の強みを生かしていける仕事や職場を選ばなければいけないんだろうな」と考える人も増えています。
しかし、ちょっと待ってください。あなたの長所や強みを把握し、それを必要としている仕事や職場にあてはめるだけでいいのでしょうか。確かに実力を発揮し、能力を育てないと、満足した社会人生活を送ることは難しいです。けれども、「力を発揮し、能力を育てていく」一番大きな原動力となるのは、「意欲や興味」です。つまり、あなたがどんな性格や特徴を持っているかを分析する前に、何に心をひかれるかを知ることが、就職志望先を決める上で大切です。すなわち、自己分析の第一歩は、「自分の中で何が使えるか」を分析するのではなく、「何に心が動くかを知ること」なのです。(「自己分析はなぜ必要なの」)


この文章は大手新卒就職活動サイトからの引用で、「自己分析はなぜ必要なのか」に関する文章である。ここでは、自己分析において第一に自分の興味や関心を知ることが重要であるということが語られており、同時に今持っている「自分の強み」を把握することだけでは不十分だと指摘している。こうした語り口は就職活動のノウハウ本においても一般的に見られる。例えば以下の文章はあるノウハウ本からの引用である。

■学力よりも潜在能力のある人物を求める
日進月歩が当然の企業社会においては、大学で勉強したことはほとんど役に立たないといって過言ではない。(中略)それよりも企業が求めているのは、先述した想像力や表現力などの能力、あるいは、将来の指導者としての理解力、発想力、判断力、決断力、実効力などの潜在能力や素養のある人材なのである。(『就職大全 試験対策編』傍線部筆者)


ここではより端的に語られているが、つまりこれらの文章に共通に見られる考え方は、企業は採用に当たって学生が今持っている能力だけではなく、その可能性を見抜いて、それを第一に考え採用するかどうかを判断するのだ、というものである。このことから上記の「自分史」や「他己分析」といった作業を考えると、その意義がわかりやすい。つまり、これらの自己分析作業によって「潜在能力や素養」を自分の過去や他者の客観的視点から発掘することができると考えられるからである。
しかし、この作業は「すでに持っている素養を発見する」という語られ方をしながらも、実際には「自分史」や「他己分析」や「精神分析テスト」によって提供される素材によって自己イメージを再編成する作業に他ならない。つまり、自己が「発見」されるという形をとりながら、新たなる自己を「創出」するのである。この再編成作業にあたって、もうひとつ指摘されるべき点は、発見された「本当の自分」が「現在の自分」(つまり「学生の自分」)をリセットするものであることである。これは上記のような就職活動に関する文章で「今もっている自分の強みは比較的大きな意味を持たない」「大学で勉強したことはほとんど役に立たない」と語られることからも明らかである。ここに「学生」としての自己の剥奪と、「社会人」としての自己イメージの再編成という就職活動の一側面が見られるのである。

さて、学生の自己イメージの再編成についてここまで語ってきたが、その「再編成」はどのように、そしてどこに集約されていくのか。最後に今一度、ノウハウ本からの引用を挙げる。

鉄則:自分という商品を売り込む人生最大の勝負に無手勝流は通用しない。
(前略)企業は学生の能力すなわち質の高い労働力を買う立場であり、学生は自分の能力という商品を高く評価して買ってもらう売り手の立場にある(中略)自分という商品を説明できない人間に、その会社の商品を売ることも、まともな仕事をすることもできるはずがないと企業は考えている。(中略)いかに相手の心を動かすかを考え、触手を延ばさせるための準備や努力をした人間が勝つのである。(『就職大全 試験対策編』)

鉄則:自分という商品の商品特性を語れない人は失敗する。
(前略)性格は、いわば自分という商品の商品特性の一つである。商品特性を語ることができない営業マンが成功するはずはない。(『就職大全 試験対策編』)


自己分析において、自己を商品としてとらえる視点をもつことを意識させるのも、こうした語りの中で一般的なものである。言い換えれば面接試験は自分自身という商品を売り込むためのプレゼンテーションだということである。そして、学生は消費者としての企業の満足のいく商品であったときに採用される。つまり言い換えれば就職が成功することで自分自身の市場価値が確認されるのであり、同時に就職に失敗するものの市場価値は否定されるのである。つまり就職活動に成功するためには、学生は自己分析において単に流行の「自分探し」的な「本当の自分」を創出すればよいのではなく、「市場価値のある本当の自分」を創出しなければならないのである。(注2)
以上のプロセスを経て、学生は社会人へと再編成されていく。今回はこのことを語ることで文章を終えるが、学生が「学生と社会人」をめぐる価値基準のもとで、市場原理の型に合うように自らを再編成していくプロセスこそが「権力的」なものとして分析される余地があるのかもしれない。今後の分析につなげていきたい。

脚注
注1:「社会人」と「会社員」は当然ながら同義ではない。例えば「会社員ではない社会人」は存在するが、「社会人ではない会社員」は存在し得ない。しかし、本稿の文脈では「会社員になること=社会人になること」であることが重要であるため、「会社員」はある会社組織の成員である者、「社会人」は学生でもフリーターでもない者という定義をするにとどめる。

注2:以上の議論を踏まえた上で螢螢ルートによる精神分析『R−CAP』を見ると、「分析結果の語り」が就職活動における再編成と構造を同じくしていることがよくわかる。まず「価値観・志向」「外的環境・対人関係への態度」が順に明らかにされ、それが「キャリア志向」「適合する職種」へと帰結させられる。そして最後には140種類の職業に対する適合・不適合が偏差値によってあらわされる。

参考資料
「自己分析はなぜ必要なの」(『日経就職ナビ』http://job.nikkei.co.jp/2005/) 
『R−CAP』 螢螢ルート
白石弘幸・白瀧光郎
『就職大全 試験対策編』 早稲田教育出版 2002
E・ゴフマン
 『アサイラム』(授業中参考文献)
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就職活動における自己分析について 社会学的な視点における興味深い考察が書いてありました。 しかも、どうやらこの記事は統計学の授業で「お世話に」なった太郎丸(先生)のブログのようです!! これを読むと、果たして「自己分析」が正しいものなのかわから
問わず語ReMix。 | 2006/11/03 8:29 PM
 

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