Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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シティズンシップについて
 シティズンシップ論の文献は、英語圏では汗牛充棟の様相を呈していますが、本邦では翻訳を含めわずかです。かわりに佐伯啓思のような人が、「日本には市民はいないのだ」といった論をしきりに書いたりしていますが(さすがに師匠の西部邁はそんな本は出さない)、そんなに一所懸命にならなくても大丈夫、日本に市民社会論/市民権論は根付いていないようです。市民社会派(といわれる学問潮流が昔ありました。丸山真男とか大塚久雄とかですね)や「左翼」がほぼ壊滅した後で、「市民」批判や「左翼」批判が盛んになるのは奇妙なものです。そうしたもとで私が「シティズンシップ」にこだわるのは、非公式TA・H口さんによると、「市民社会派」あるいは「日本近代」の「呪い」なんだそうです。やれやれ。
 閑話休題。ここでは10月22日の授業時間中には説明できなかった、(1)なぜ社会学はシティズンシップ概念を使いたがるのか、(2)シティズンシップ概念、とくに社会的シティズンシップの内容はどういうものか、(3)社会的権利の空洞化をどう考えるか、について解説を試みたいと思います。
(1)なぜ社会学はシティズンシップ概念を使いたがるのか。ブライアン・S・ターナー(もとウェーバー学者、現代表的シティズンシップ論者)によると、社会学者は「自然権」概念や、規範的な法や権利の概念(人たるものこうすべきだ/こう扱われるべきだといった)を、社会的根拠がない、と嫌った。その代わりに用いられたのが、シティズンシップ概念だった。ある社会集団の成員たることによって、権利と義務を伴う地位身分が得られる、という説明は、権利を考える際に社会学者にとって説得的だった。いまや規範的概念のように扱われるシティズンシップですが、もともとは規範を忌避するために採用された、というわけです。現代的なシティズンシップ概念を確立したとされるT.H.マーシャルの議論も、基本的にはこの伝統の上にあると思われます。
(2)次に、シティズンシップの内容はどういうものか。マーシャルの定義によると、シティズンシップとは、「ある共同社会(a community)の完全な成員である人々に与えられた地位身分(status)である」。そして「この地位身分を持っている人々は、その地位身分に付与された権利と義務において平等である」。シティズンシップは市民的、政治的、社会的の三要素に分類されます。市民的権利とは、私的所有権や契約する権利で、最も関連する制度は裁判。産業資本主義の基礎となる権利です。これは18世紀に確立された、とマーシャルはいいます。政治的権利とは、選挙権や被選挙権で、関連する制度は議会。代議制民主主義の基礎ですね。これは19世紀に整いました。社会的権利は「福祉や最小限の安全」を請求する権利。関連する制度は教育と社会的サービス。これは福祉国家(修正資本主義)の要件となる権利で、20世紀に整備された。
 この中でもっとも曖昧で、理論的にも政策的にも議論の的になるのが社会的権利です。市民的権利や政治的権利がほぼ「先進」国では普遍的とみなされている権利(実質はどうか、という議論は常にあるにしても)であるのに対して、社会的権利は、20世紀後半、時代や国/地域によって、さまざまな扱われ方をしたからです。20世紀中盤は、社会的権利が少なくとも産業化した諸国では普遍的になっていくだろう、と思われていました。国が保障する社会保障制度や福祉制度、教育制度等々が、資本主義・社会主義問わず、普遍化していくだろうと考えられてたのです。「収斂理論」(イデオロギーにかかわらず似たような社会体制になっていくだろうという社会理論)なんてのが、「保守的」な議論としてあったくらいです。第二次世界大戦後の世界的な好況がその背景にありましたが、70年代、世界経済が停滞し始めると様子が変わってきます。画期となったのは、70年代末から80年代にかけての英米での新保守主義政権の確立でした。マーガレット・サッチャーに「社会などというものはない」という名言(?)があります。あるのは国家と家族だけだ、自由な市場とそれを補う家族があれば、市場での競争から落ちこぼれた人々を救う「社会」政策や「社会」福祉制度は不必要だ、と彼女は主張しました。自由な市場に参加する市民的権利と、せいぜい政治的権利があれば、社会的権利などなくてよろしい、ということになります。
 このあたりから、シティズンシップ概念は、規範的な色合いを帯びてきます。新保守主義によって攻撃される福祉国家−社会的権利を防衛しなければならない、という動機から書かれたシティズンシップ論が90年ごろから急増しました。同時に、福祉国家−社会的権利のあり方は産業化された国々でも「収斂」するようなものではなく、国によって大きく違う、ということが議論されるようにもなりました(代表的な論者がエスピン−アンデルセン)。例えば、日本での主な社会的サービス(社会保障・福祉制度)といえば、教科書的には次のようなものになります。(a)医療保険、(b)年金、(c)介護保険、(d)雇用保険・労災、(e)生活保護・社会福祉制度。イギリスならばこれに住宅供給制度が欠かせないでしょうし、北欧諸国ならば手厚い老人福祉が加わるでしょう。ぎゃくにアメリカ合衆国は普遍的な医療保険制度を欠いています(今度の大統領選の大きなテーマですね)。これらが社会的権利の具体的内容になります。半世紀前には普遍化することに焦点が当てられていましたが、現在はその多様性が注目されていて、それが社会的シティズンシップの内容を理解しにくくしている一つの理由かもしれません。
(3)社会的権利の空洞化について。さらに、こうした社会的権利が、社会の一部の人、すなわちフルタイムで雇用された男性にしか付与されていないのではないか、ということが問題になりはじめました。家事労働に従事している女性はもちろん、増加するパートタイム(アルバイト)労働者の多くは、上記のような社会的サービスを(正規労働者に比べて)不十分にしか受けられません。例えば日本の正規労働者は医療保険を会社に半額負担してもらえますが、パートタイマーは全額自分で支払わなければなりません。正規労働者は基礎年金に加えて会社も負担する厚生年金を将来もらえますが、パートタイマーもらえるのは基礎年金だけです。また、退職金には老後の生活を支える「前払いの年金」の役割がありますが、パートタイマーにはそれもありません。住宅手当、家族手当然り。こうした状況を認識するのに、「社会的シティズンシップ」という地位身分の有無という視点が使われます。「フリーターは義務が少ない代わりに権利も少ない」と言うときには、「賃金が安い」「首を切られやすい」(これらは市民的権利すら弱体だ、ということを示すかもしれません)ということと同時に、こうした社会的権利を持たない、ということが大きな要素になります。社会政策的にも、年金や保険制度の根幹が揺らぐのではないかと危惧されています。
 それでは、社会的権利が雇用の流動化(パートタイマーの増加)や社会政策の新保守主義化(日本の小泉構造改革は20年遅れのサッチャリズムとよくいわれますね)によって、社会的権利が掘り崩される状況をどうとらえるのか。企業は利潤確保のためにはパートタイマーを増やし、賃金や社会保障などの負担を軽くしたい。一方で、家族のうち男性の稼ぎ手に代表させて社会保障などを与えるのは、終身雇用制が崩れ始め女性の多くが働く現在難点がある。そこで、社会保障(およびそれに付随する納税や保険料納付)を個人化したい。これが現在の政策的な論点だと思います。これを前者に重点をおくと新保守主義(労働市場の規制緩和により流動化を促す)になり、後者に重点をおくとリベラル(修正?社会民主主義)になる(社会保障をフルタイム男性の地位身分から引き離し個人化する。文献『若者はなぜ大人になれないのか』は社会政策につていはこの路線でしょう)と思われます。もちろん、両者は表裏一体なのですが。
 正社員の多くが過酷な長時間労働に耐えその地位身分を捨てようとしない大きな理由は、終身雇用制にはかなりの「特権」があるからです。この「特権」を剥奪しようという動きは強まっていますし、いまから「特権」を得るにはあまりに苦労が多そう-つまり義務と権利が見合わない、というのがフリーターの正社員への「参入障壁」になっているのでは、と思われます。フリーター当事者の主観ではそこまで動機が明確になっていない可能性が高いのですが(正社員サラリーマンの主観では上記のような動機はかなり明確だと思われます)。
 長くなりましたので、この辺で。関連文献は以下の通りです。
 
 Turner, B.S., ”Outline of a Theory of Human  Rights” , Sociology, 27(3).
 マーシャル、T.H.『シティズンシップと社会的階級』法律文化社。
 エスピンーアンデルセン『福祉資本主義の三つの世界』ミネルヴァ書房。
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