Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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基礎付け主義・研究のプライオリティ・理解の重層性

先日研究会で発表したときに受けた批判の一つにここで答えておきたい。それがずっとひっかかっていて気分が悪かったので、ここで吐き出しておこう。私は、正規雇用と非正規雇用の時給の差が、日本、韓国、台湾でどのように異なるのか分析したのだが、それに対して、「非正規雇用という概念の来歴や特徴を国ごとにまず正しく理解するべきで、それをせずにいきなり国際比較しても意味がない」といった趣旨の批判がなされたようである。「ようである」というのは、何を言っているのか、批判の論旨が不明瞭だったので、そのときは何を言われているのかよくわからなかったのだが、ほかの人の発表のときの議論などを踏まえて遡及的に考えると、そのような趣旨の批判だったように思う。

この批判は基礎付け主義の一種であるので、私には受け入れられない。基礎付け主義とは、元来、「科学的知識は、正しい哲学によって基礎付けられなければならない」とする哲学的立場を指している。それゆえ、基礎付け主義に従えば、科学者が正しい研究を行うためには、正しい哲学(例えば論理実証主義や言語ゲーム論)に従った方法で研究を進めなければならない。このような基礎付け主義はポストモダニズム以降、批判されるようになった。私はこのあたりの哲学論議の詳細はよく知らないが、一人の研究者の実感を言わせてもらえば、基礎付け主義は19世紀の遺物でなければ、哲学者の傲慢であろう。哲学をマスターしなければ、物理学も社会学も正しく行いえないとなると、何が「正しい」哲学なのかはっきりしない以上、すべての研究者は、哲学の研究に没頭しなければならなくなる。確かに物理学や社会学を実践するうえで、哲学が有益なヒントや知識を与えてくれることはあるだろうが、哲学をよく知らなくても、物理学や社会学をそれなりに「正しく」実践することは可能であろう。

上記の哲学による基礎付け主義と似たような議論に、歴史と文化による基礎付け主義がある。歴史と文化による基礎付け主義とは(私の造語だが)、「思想や出来事や行為や制度を正しく理解するためには、その歴史的・文化的背景を正しく理解しなければならない」という考え方のことである。例えばヴェーバーの思想を理解するためには、ヴェーバーが生きた19世紀末から20世紀初頭のドイツ文化やそれ以前の歴史的背景の理解が必要だということである。私が受けた批判も、この歴史と文化による基礎付け主義にもとづいていると考えられる。確かに歴史や文化的背景に関する知識は、対象とする現象の理解を重層的にしてくれる。例えば、ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読むときに、当時のドイツの経済状況やゾンバルトなどの同時代の研究者との論争やヴェーバーの両親との関係を知っていると、これまでとは違ったレベルでの理解が可能になる。それは確かにテキストを読む楽しみを倍増してくれる。しかし、そういった背景知識がなければ、『プロ倫』を理解できないかといえばそうではない。彼の主張にあいまいな点がないわけではないが、ヴェーバーの議論は、当時のドイツ文化や歴史に関する知識がなくても、それなりに理解可能である。

それと同様に、「非正規雇用」という概念の思想史や各国での用いられ方に関する深い知識がなくても、なぜ賃金格差が国によってなぜ大きくなったり小さくなったりするのかについて知ることは可能である。 実際、韓国での非正規雇用概念の論争史を紹介する報告をたまたま聞くことができたのだが、その発表を聞いても特に私の議論を修正する必要は感じられなかった。確かにそういった背景知識を知っておくにこしたことはない。しかし、それがなくてもそれなりに研究は進められるのである。歴史や文化的知識による基礎付けがまず先で、それをしなければ、賃金格差の国際比較をやっても意味がないとは、私には考えられない。順番はどうでもいいのである。この種の基礎付け主義を厳格に守るならば、「20世紀の歴史を正しく理解するためには、19世紀の歴史を正しく理解せねばならず、19世紀の歴史を理解するためには、18世紀の歴史を....」といった無限後退をしなければならなくなってしまい、肝心の研究対象について十分に研究できない破目に陥る。確かにある現象を理解するときにその文化的歴史的文脈に関する豊かな知識があると、現象への理解は重層化し、よりおもしろく読むことができる。しかし、テクストの解読はそういった文脈に関する知識が不十分であったとしても、それなりに可能なのである。テクストを読む前に(あるいは読んだあとに)コンテクストとなる知識をえることで、テクストの理解がさらに深まれば、それはもちろんよいことだが、そのような知識を事前に持っていなくてもテクストは読めるのである。

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