Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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修士課程修了後10年のあいだに何をなすべきか:一つのロードマップ
以前から、修士課程を修了した後にどのように研究を進めていくのがいいのか、いろいろと迷うことがあったので、今のところの私の考えをまとめておきたい。若い研究者が置かれている状況は、この20年ほどのあいだに大きく変化したため、自分の個人的な経験則や、私が上の世代から教えられてきた処世訓が必ずしも当てはまらない。それゆえ、迷うことも多いのだが、文章化することで私の考えをまとめておきたい。すでにこのブログに書いてきたことと重複している部分も多いと思うが、とにかく書きます。また、これは社会学、それも私の専門を想定した話なので、分野の違う場合はあてはまらないかもしれません。そういう場合は、適当に距離を置いて考えてください。

  1. ピアレビュー付きの雑誌への投稿  修士課程が終わった後は、修士論文を発展させた論文を書き、ピアレビュー付きの雑誌に投稿するのがよい。ピアレビュー付きの雑誌とは、昨今多くの大学にある「名ばかりピアレビュー誌」ではなく、本当に審査がなされて一定の割合の論文が掲載不可になっているような雑誌である。このような雑誌に2つ以上論文を掲載するのを目標とするのがよい。なかにはひどい査読者もいるので、つらい目にあうこともあるが、それも勉強のうちだと割り切ってチャレンジすべきである。そのような審査結果はあなたの論文に対する「彼ら」の「本当」の評価であり、それを知ることは、今後の研究の重要な参考になる。ふだん、多くの人は「本当」の評価を教えてくれるとは限らないので、悪意のあるものを含めて、そういう異なる考え方を知ることは、社会学をやっていくうえで決定的に重要である。なおここで想定しているのは、日本語の雑誌・論文であるが、外国語の堪能な人はもちろん外国語の雑誌でもよい。博士課程の2年までに最低2本書きあげたい。大学院によっては、博士論文を提出する条件として、ピアレビュー付きの論文を何本か書いていることを挙げている大学院もあるが、それぐらい書けなければ、まともな博士論文など書くのは無理なのである。博士論文の練習としてぜひチャレンジしてもらいたい。
  2. 名ばかりピアレビュー誌・依頼原稿  ピアレビュー誌に載せるほどのオリジナリティはないが、記録にとどめる価値のある論文は、前述の名ばかりピアレビュー誌に掲載する。電子化されているものがよい。電子化されていないものはほとんど読まれる可能性は0だが、電子化されていれば(私の場合)1カ月に数件程度のアクセスはある。私が言うオリジナリティはないが記録にとどめる価値のある論文とは、ある分野の研究動向を詳細にレビューした論文や、調査報告の類や、分析法やプログラミングに関するメモのことである。また、指導教員などの依頼で本の1章やちょっとしたコラムを依頼されることもあるが、よほどの無理難題でないかぎり引き受けたほうがよい。これらの作業はこの時期に限らず、社会学者をやっている限り、一生涯続く。
  3. 博士論文  博士課程の3年以降は、これまで書いてきた論文をまとめて、博士論文にする。理想的には3年間で修了したほうがよいが、実際には4年以上かかる場合もしばしばある。急いだほうがいいのは、奨学金免除などで有利になることが多いし、早めにすまして次のステップに進んだほうがいろいろな面で得だからである。ただし、じっくりと時間をかけて大作をまとめたほうがいいという考え方もあるので、指導教員とよく相談して戦略は決めるべきである。
  4. 単著  博士論文を書き上げた後は、単著の商業出版を目指してはどうだろうか。博士論文の執筆の前後で力尽きて研究しなくなる人も多いので、博士論文の執筆後の研究プランは非常に重要である。日本の社会学の場合、単著信仰が強力であるから、American Sociological Review に論文を載せるより、東大出版会から単著を出すほうが高く評価されるだろう(実際にはおそらく前者のほうがずっと難しいと思われるが)。それゆえ、日本国内での評価を高めることを重視するならば、単著を書くべきである。残念ながら純粋な学術書の出版はますます難しくなっているので、入門書、教科書、教養書のたぐいを書くことになる可能性も高い。そのような場合、自分の担当する授業の教科書・参考書・副読本を作るのが1つの方法だと思う。博士論文を書き上げた後なら、ほとんどの社会学者は授業を持っていると思うので、社会学一般の入門書ではなく、もっと自分の専門分野に特化したような教科書を考えるとよいと思う。これは教育とも両立するので、授業負担が重いと嘆く人にはお勧めである。もちろん、専門書を書く機会があるならば、それもよいと思う。
  5. 英語論文  博士論文を書き上げた後のもう一つの選択肢は、英語で論文を書き、英文の雑誌に投稿するということである。グローバル化の波は、ゆっくりとだが確実に日本の社会学にも押し寄せている。英語で論文を書くメリットはどんどん大きくなっている。日本国内で評価されなくても、海外にならば読者や関心を共有する研究者がいる場合はある。テーマにもよるが、潜在的な読者の数は、日本語で書いた場合の5倍以上は確実にいるだろう。そのような場合、英語で論文を書けるメリットは大きい。また、文科省のような公的機関による大学評価や個々の研究者の評価において、英語の論文は日本語の論文より高く評価される可能性が高い。
おそらく以上のような作業をやっていたら、たぶん10年ぐらいかかるだろう。

ここまで書いてきて気付いたのだが、このようなロードマップは、「他人の評価は問題ではない。自分の納得のいく論文を書くことが重要だ」とか、「質の低い論文をたくさん書くのは下品だ。本当に優れた論文を一生に1本書けばいいんだ」とか言ってる連中にはあてはまらない。私がこのロードマップで重視しているのは、まずテニュアの研究職に就くこと、そして研究の生産性をあげることである。研究の生産性とは、単位時間あたりの研究の量 × 質みたいなものをイメージしている。私が勧めている戦略は、「一生に1本本当に優れた論文を書く」というよりも、「一定の水準をクリアした論文を多く書く」というほうに近い。他人に評価されなければ就職するのは難しい。それゆえ、安定した地位を得るためには、とうぜん評価される研究をできるようになる必要がある。また、「一生に1本本当に優れた論文を書く」と言っている人たちの大半は、大した論文を一生書かずに一生を終える。F. ソシュールとか、G. H. ミードとか、まれにほとんど論文や本を書かずに優れた研究を残す人がいるが、こういう人たちは現代では少数派だろう(ちゃんと調べたわけではありません)。逆に優れた研究者は多産な場合が多く、そういう例は枚挙にいとまがない。ただし、適当な思いつきを大した根拠もなく書き散らす人々もいて(出版前のピアレビューがなければそれが容易になる)、確かにたくさん本を書いているから優れた研究者というわけではない。しかし、私がお勧めしているのは、あくまで「一定の水準をクリアした論文を多く書く」ということである。もちろん、そういう作業が、結局は本当に優れた論文の作成にもつながる、というかたちになるように気をつける必要があろう。ただ、最初からホームランを狙うよりは、高い打率でクリーンヒットを打つことをこころがけよ、と私は言っているだけである。

そのほか、思いついたことをランダムに書きます。

  1. 研究テーマの変更  研究テーマの変更や複数のテーマの専攻はかなり悩ましい問題で、私自身いつも悩むのであるが、研究テーマを変更すれば、新しいテーマを一から勉強する必要があるので、事実上、修士課程からやりなおすのに近い作業が必要と覚悟すべきである。とうぜん、博士論文の執筆はそれだけ遅れる。しかし、生産性の著しく低い研究テーマや自分に向いていない、関心の持てない方法やテーマであれば、いくら頑張っても無駄なので、早めにテーマを変更したほうがよい。複数のテーマに習熟することは研究者としての幅を広げ、後々じわじわと実力を高めることに寄与するかもしれない。それゆえ、テーマの変更が大きなメリットをもたらすこともある。問題は、実際には、テーマを変更すべきかどうか、その見極めが難しいということである。迷う場合は、社会的なニーズのあるテーマを選んでおいたほうが無難であるといっておこう。ある程度以上の研究歴がつき、一定の実力があれば、原稿の依頼や調査チームの一員になることを依頼されることがある。そういったテーマは社会的ニーズがある、と私は考えている。もちろん、いいように利用されて使い捨てにされて終わり、という場合もあろうから、信用できる相手かどうか気をつける必要があるが、原稿の出版が約束されているような場合は、基本的には、そういうテーマに関してはニーズがあるのである。
  2. 研究グループへの所属  自分の指導教員以外で、自分より年長の優れた研究者(すでにテニュアの研究職についている人)の属する、比較的小規模の研究グループに属すべきである。それは定期的に行われる研究会や学会、勉強会でもいいし、調査プロジェクトのグループや、出版のためのグループでもよい。これはその分野の最新の研究動向や、その分野の研究者が必ずしも書かないが、共通の前提にしているような暗黙知を知る上で決定的に重要である。また、年長の研究者は優れたロール・モデルを提供してくれる場合もあるし、そういう場に参加することは、研究のモチベーションを維持する上で決定的に重要である。また、そういう人間関係を介して原稿執筆依頼が来ることも多い。書けなくなる人の多くは、こういうグループに属していない(が、因果の向きはよくわからない)。
  3. マスメディアとの関係  大半の研究者には関係ないが、マスコミ受けするテーマをやっている場合、新聞や雑誌などへのコメント依頼や、講演、対談などの仕事が来る場合がある。私自身は幸か不幸かそういう経験があまりないのでよくわからないのだが、結論的にはほどほどにしておくべきであろう。上記の目的に照らせば、マスコミに露出してもほとんど研究の生産性上昇にはつながらないし、安定した職を得る上でもあまり影響がないのではないだろうか(自信はない)。「客寄せパンダ」になれるほどマスコミに出られれば、あるいは職を得る上でメリットがあるだろうが、多少出たぐらいではあまり影響がないような気がする。また社会学者のマスコミに対する思いはアンビバレントなものがあり、見下す一方で、メディアに露出する人々を羨望しているような人々もおり、その怨念がメディア露出度の高い研究者に向かう場合もある。しかし、取材する記者から逆に有益な情報が得られる場合もあるし、講演に行った先で聴衆から有益な情報が得られる場合もある。そういった人間関係が、普通なら不可能な調査を可能にすることもある。また、研究成果を社会に還元する上で、マスコミは有効なチャンネルである。研究者の社会的責任として、自分が責任を持ってコメントできることに関してならば、コメントすべきである。そういうわけであまりはっきりした答えはありませんが、、直感的には、若いうちはアカデミックな世界で地歩を固めることのほうを重視したほうがいいような気がします。
  4. 学会発表  学会発表は年に1〜2回程度がいいかもしれない。多すぎると、発表の準備が忙しくて論文が書けなくなるので、ほどほどにすべきである。しかし、発表には期限があるので、ある期限までに研究をまとめる上では、役に立つ。また、自分のよく知らない聴衆の意見を聞くことができるし、名前を覚えてもらう上でもメリットがある。それゆえ、論文執筆やその他の仕事の妨げにならない範囲で、定期的に行うべきなのだが、直感的には、年に最低1回ぐらいが目安か。私は2009, 2010年は、年に3回、学会報告していて、それ以外にも講演とかやっているのでやりすぎなのかもしれないが、私は怠け者なのでそういうかたちでコミットメントしないと研究がなかなか進まないという問題があるのである。
  5. 国際会議での発表  国際会議での報告も若いうちからぜひチャレンジすべきだが、タイミングに関しては難しいものがある。国際会議では、英語が標準語になっており、事前にアブストラクトが審査されて報告の可否が決定されることが多い。また、報告当日の前にフルペーパーを送ることが求められることも多いので、日本語での報告に比べて負担が重い。そのような準備のせいで博士論文やピアレビュー付きの論文が遅れるというのは、あまりクレバーではない。しかし、簡単に渡航費用が得られる場合や共同研究者のグループで報告するような場合は、やってもいいような気がする。海外での議論を知ることは刺激になるし、モチベーションも高まる。ただし、国際会議といってもレベルはまちまちなので、水準の高い会議に出たほうがよい。以上のように考えてくると、積極的に国際会議で発表するのは博士号を得た後でいいが、もしも機会があればその前にやってみるのもいい、ということになろうか。
  6. 共著論文  日本の社会学の論文の大半は単著であり、単著が前提でさまざまな評価がなされている。そのため、業績の数をそろえる必要がある場合には、共著の執筆には注意が必要である。例えば、専門社会調査士資格の取得のためには、社会調査にもとづく論文を提出する必要があるし、博士論文の提出の前提条件として、ピアレビュー付きの論文を何本か書くことが求められるような場合がある。このような場合、共著の論文を1本とカウントしてくれるかどうか、はっきりしない場合が多い。0.5本とか、0本としかカウントされない場合もあるかもしれない。よく確認したうえで戦略を練る必要がある。共著の相手に関しても注意が必要である。自分よりも著しく能力が劣る場合、けっきょく全部自分一人でやっているにもかかわらず、共著というかたちになってしまい、不満感を高めることになるかもしれない。また、抜け駆け(共同研究の成果を自分一人の名前で勝手に公表すること)するようなやつは論外である。指導教員との共同研究の場合、力関係がはっきりしているので、やりやすい面とやりにくい面があるのではないだろうか(私はやったことがないのでわからないのだが)。つまり、大きな方針については指導教員に基本的には従うことになるので、調整やすり合わせが楽である。しかし、指導教員には普通よりも逆らいにくいので、考えのかい離が大きくなると逆にしんどいだろう。さらに 3人で共著の論文を書いたからといって負担が 1/3 になるとは限らない。ただ、共同研究のメリットはもちろんあって、相手から学ぶことは通常の議論よりも多い気がするし、スケジュールをはっきり決める必要があるので、研究が進みやすい。また、「3人寄れば文殊の知恵」のことわざ通り、一人でやるよりは穏当な内容になりやすい気がする。自分がよく知らない分野の知識も必要な場合、その分野の共同研究者を得るメリットも大きい。そういうわけで、条件が許し、適切な相手がいれば、共著論文を書くことはお勧めである。
  7. 海外留学  私は全く知識も経験もないので有益なコメントは何もできないが、一般論としては、習いたい先生が海外にいるならば留学はいいと思う。
最後にもう一度繰り返しておくが、博士論文執筆後のロードマップは特に重要である。研究が好きだという人には特に強調しておくが、そういう研究に対する情熱を持ち続けることは、必ずしも容易なことではない。忙しさは、単に研究する時間だけでなく、研究に対する興味や関心をも奪ってしまうことがある。私自身、一時期は完全に研究する意欲を失っていたが、何とか切り抜けられたのは、研究グループの存在が大きかったように思う。

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