Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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1816−2001年の世界における国民国家の台頭に関するイベント・ヒストリー分析

Andreas Wimmer and Yuval Feinstein, 2010, "The Rise of the Nation-State across the World, 1816 to 2001," American Sociological Review, Vol.75 No.5, pp.764-790.
国民国家の伝播を規定する要因をイベント・ヒストリー分析で分析した論文。国民国家という制度がどのように広まっていったのかについては、様々な研究があり、いくつかの異なる理論がある。これらはしばしば異なる少数の事例にもとづいて議論されており、十分に議論がかみ合わないまま併存している。そこで Wimmer and Feinstein は、長期の国際比較分析によって、以下のような主要な国民国家理論を検証している。
  1. 経済的近代化論。ゲルナーの議論が参照されているが、産業化が進んで都市への人口移動が起き、国内に共通の知識や文化が広まることが、国民国家生成の基礎的条件を作ると考えられる。この論文では、国内の鉄道の路線の長さで、産業化の程度が測定されている。
  2. 政治的近代化論。ティリーとヘクターに代表され、統治者が国を直接統治することが遠因となって、ナショナリズムと国民国家が生じるとする理論。封建制や帝国においてはかなりの程度の地方自治(という言い方ではやや誤解を招くかもしれないが)が許されていることがあるが、そういった状況下ではナショナリズムは起きにくく、逆に統治者が直接統治することによって、地方エリートの反発を生むと同時に領域内の文化的/政治的共通性が増すことが、国民国家の先ぶれになるという。
  3. 文化的近代化論。アンダーソンの議論に代表される。自国語の識字率の上昇がナショナリズムを促進する条件とされる。言語的な共同性の認識が共同体意識を形作るという(が、なぜ読み書きが決定的なのかはよく分からない)。もう一つは、宗主国が植民地の土着エリート層を下級官吏に任用することで、彼らの間で行政区域内の共同体意識が強まると同時に、昇進できないことから来る不満が高まり、土着エリートがナショナリズムの担い手に育っていくというプロセスが想定されている。
  4. 世界政体論。マイアーが主導者として参照されている。これは世界文化とか、世界規範とか言えるような、世界レベルでの文化/規範の存在を仮定し、それらにエリートが接触し、その価値観を取得し、それが結局、政府のあり方を規定すると考える。それゆえ、その地域が世界文化と接触しているほど、そして世界中で国民国家の数が増えるほど、国民国家への移行が起こりやすくなるという。
  5. 歴史的制度派。誰が主導者なのか不明だが、スコチポルもその担い手の一人。ナショナリズムという観念そのものは、エリートの間で簡単に伝播するので、いったんフランスや米国でナショナリズムの観念ができれば、あらゆる地域のエリートたちへとすぐにそれは広がると考えられているという。しかし、実際には国民国家への移行の時期にはかなりの地域差があるが、そのような差は、国内の政治力学で決まるという。すなわち、ナショナリストが対抗勢力よりも強い力を持つことが国民国家への移行の条件であると考える。それゆえ、ナショナリストの組織が長期にわたってプロパガンダを行っている国ほど国民国家に移行しやすいという。また、その地域や帝国の内部で戦争が行われている場合、対抗勢力の力が弱まっているので、国民国家への移行が起こりやすい。また宗主国やその地域が属する帝国の軍事力や経済力が弱いほど、国民国家への移行は容易であろう。さらに近隣に国民国家があるほどその地域も国民国家に移行しやすい。これは近隣の国民国家を模倣するという側面もあるし、近隣の国民国家がその地域のナショナリストを援助してくれる場合もあるという。これは世界政体論と似ているが、世界政体論が地理的隣接性や宗主国や帝国の存在を考慮していないのに対して、歴史的制度派は、こういった地理的・政治的近接性を重視する。
以上の仮説を検証するために、1816−2001年のほぼすべての国と地域の国家×年型のデータセットを作り上げ、国民国家への移行のイベント・ヒストリー分析を行っている。1816年以前にすでに国民国家であったイギリス、フランス、アメリカといった国々は分析から除外されているし、2万平方キロ以下の非常に小さな国も除外されている。国・地域の単位は、2001年時点での国・地域である。国民国家の定義は、内政と外政の両面からなり、内政的には、成文化された憲法で平等な市民の共同体としての国家を宣言し、代議制(本当に民主的でなくてもよい)をとっていることが条件である。外政的には、主権が外交政策の決定権を意味し、外国からの支配が存在しない状態を国民国家の定義と見なしている。内政・外政、両方の条件を満たした国と地域を国民国家と見なしているが、ソ連はどうも国民国家ではないらしい。離散イベントヒストリー分析の結果、歴史的制度派の予測のみが当たり、その他の理論の予測はすべてはずれている。こうして、歴史的制度派が支持されている。

本当に鉄道の長さで産業化の程度がわかるのか、とか、200年近く前の世界中の識字率が正確にわかるのか、とか中央政府がその地域につぎ込んだ予算額で直接統治の程度を測定できるのか、など、分析の適切さには疑問がいろいろ残る。特に分析の単位を現在の国と地域に置いているのだが、本当にこれでいいのかもよくわからない(国と地域の境界は200年の間に変化しているので、適切な地域の単位の設定は困難)。また1〜4の理論はナショナリズムという文化が生まれる下地についての、かなり長期的な社会変動の議論であるのに対し、歴史的制度派は、ある政体が生まれる直前の条件についての議論になっているので、後者のほうが統計的には支持されやすいと思われる。そのため、これらを普通に比較するのはアンフェアーな気もする。

とはいえ、いろいろ問題があるにせよ、これだけのデータセットを作り出すには相当の執念が必要で、その点には脱帽である。また、質的研究ではこういったデータの不完全性から逃げることができるので、データが不完全でも自分の議論に好都合な証拠を並べたてることで説得力を高めることができるわけだが、本当のところ、こういった比較可能性や一般化可能性の問題から逃げきれるというわけでもない。もちろん Wimmer and Feinstein に否定された諸理論の支持者が、この分析結果で説得されるとは到底思えないが、こういった体系的な比較分析なしに研究が進歩するとも到底思えないのである。

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