Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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日本の都市における新労働者階級:中学・高校における社会化と矛盾

David H. Slater, 2010, "The ``New Working Class'' of Urban Japan: Socialization and Contradiction from Middle School to the Labor Market," Hiroshi Ishida and David H. Slater (eds.) Social Class in Contemporary Japan: Structures, Sorting and Strategies, Routledge, 137-169.
いわゆる底辺校の高校生のエスノグラフィにもとづいて、新しい労働者階級がどう形成されるのか論じた論文。新労働者階級とは、底辺校を中退したり卒業したりして非正規雇用に就く若者たちのことであり、新中間階級の労働者階級版と位置付けられている。彼らはある意味で「自発的」にコンビニでアルバイトをしたりするわけであるが(彼らは汚い工場よりもきれいなコンビニで働けることを喜び、責任が重くなく残業もなく、契約条件の明示されるアルバイトを好むという)、その場合の自発性とは社会的に水路づけられたものであり、限られた選択肢の中から自発的に選択しているにすぎない。このあたりのエスノグラフィはすでに他の研究者によって指摘されているとおりで、特に目新しいものではなかった。

面白かったのは、中学から高校への移行に関する記述である。中学では集団生活への順応が、教育の重要なポイントとなる。文化祭や体育祭、合唱コンクールなど受験とは関係のない活動を通して、集団での活動を学ぶことも、中学教育の重要な眼目であり、そこでは集団主義と協力・融和が重んじられるという。一方、国語や数学のような受験科目の教育ももちろん重要であり、その重要度は高校入試の時期が近付くにつれて増していく。こういった受験科目は個人主義的で競争主義的であるという。このように中学では集団主義的で融和的な教育から個人主義的で競争主義的な教育へとウェイトがシフトしていくのであるが、一部の生徒はこのような変化に適応できない。受験科目を勉強する意義を理解できず、塾に行く金銭的な余裕もなく、底辺校といわれるような高校に進学していく、というわけである。これは教育社会学の専門家ではない私にとっては新説である。

あたかも中学校教育の在り方に問題があるかのような論調なのであるが、やや誇張されているように感じた。社会生活に、競争と協力の両方の側面があるというのは、かなり一般的に認められる事実である。例えば会社の同僚は協力し合うべき仲間であると同時に出世を争うライバルである。それゆえ、われわれは通常、協力し合いながらも競争し、競争しつつも協力することを学ばなければならない。そのことは、受験を前にしてはじめて明らかになることではなく、小学校から中学にいたる長い期間をかけて教え続けられてきたはずのことであり、それがうまくいっていないということは確かに教育の敗北なのだが、競争と協力という一見相反する事柄を両立させようとうする中学教育の在り方が間違っているとは思えないのである。そもそも受験科目を勉強する意義を理解できていない(あるいは、受験競争から降りている子供たちにまで勉強を強いる)というのが、問題なのであって、集団主義と個人主義の対立そのものを問題視してもしかたがあるまい。ただ、日本の標準化された教育の在り方(中学、高校で教える内容は全国一律)が、日本における底辺校の問題を米国とは異なった形にしているというのは、その通りだろうと思う。

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