Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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近代化、文化変容、伝統的価値の持続

Ronald Inglehart and Wayne E. Baker, 2000, "Modernization, Cultural Change, and the Persistence of Traditional Values," American Sociological Review, Vol.65 No.1, pp.19-51.
1997年までの World Values Survey (WVS) のデータを使った近代化と価値変容に関する研究。近代化のプロセスで人々の価値観が変容してきたことは多くの社会学者が認めるところである。しかし、それでは実際のところどのように変化してきたのか、信頼しうるデータを使ってしっかり検討した研究も聞いたことがない。著者の一人である Inglehart は WVS をけん引してきた研究者としても知られているが、当時の最新のデータを使って近代化と価値変容の問題を検証したのが、この論文である。

Inglehart によると、工業化のプロセスで伝統主義 (traditional value) から世俗合理主義 (secular-rational value) へ、そして脱工業化のプロセスで生存重視 (survival value) から自己表出重視 (self-expression value) へと価値観の変容が生じるという。伝統主義とは、宗教や国家、家長など伝統的な権威を重んじる価値観であるのに対して、世俗合理主義は、そういった伝統的権威を重んじない価値観である。いっぽう生存重視とは個人の自由や生活の質、寛容、自己表現よりも、家族や地域共同体の存続を重視する価値観であるのに対して、自己表出重視は、個人の自由や生活の質、寛容を重視する。 世俗合理主義の進展がヴェーバーのいう世界の脱呪術化におおむね対応しているのに対して、自己表出主義はベルやベラーが論じたような表現的な自由主義に対応していると考えられる。

世俗合理主義化、そして自己表出重視の増大が生じているかどうかを確かめるために、WVS のデータが用いられている。65 の社会でデータがとられ、世界人口の 75% がカバーされていると、Inglehart and Baker は強調している。探索的因子分析の結果、世俗合理主義、自己表出重視の2つの因子が抽出され、各国の平均的な因子得点が検討されている。その結果が下の図 (p.29 より転載)である。

結果を見ると、西ヨーロッパ、特に北欧諸国が世俗合理主義と自己表出主義の両方で高い得点を出しているのに対して、英米などのアングロサクソン諸国は自己表出主義は強いものの、世俗合理主義の値はサンプル全体の平均程度か、それよりもやや低い。旧社会主義圏は逆に、世俗合理主義は高い値を示すものの、自己表出主義は弱い。日本や韓国は旧社会主義諸国と西欧諸国の中間あたりに位置するのが分かる。南米やアフリカ、その他のアジア諸国は世俗合理主義も自己表出主義も相対的に弱い。また、上の図は最新のデータの結果であるが、過去のデータと比較して、各国の平均的な価値観の変化も示してあるが、基本的には右または上のほうへと変化している。ただし、旧社会主義諸国や発展途上国では必ずしもそのような変化は生じていない。

社会を1ケースとして考え、各社会の世俗合理主義と自己表出主義の平均点と、第2次産業従事者比率、第3次産業従事者比率の相関をとると、表1 のようになり、仮説通りの結果である(検定結果は示されていない)。

表1 世俗合理主義、自己表出主義と産業構造の相関
世俗合理主義 自己表出主義
第2次産業従事者比率 .65 .03
第3次産業従事者比率 .18 .73
ただし、世俗合理主義と自己表出主義をそれぞれ結果変数として重回帰分析すると、一人当たりGDPはどちらにも 0.1% 水準で有意な効果を示しているが、第3次産業従事者比率の自己表出主義に対する効果はその他の変数をコントロールすると有意ではなくなっている。それゆえ、産業構造というよりは経済的豊かさが自己表出主義を高めると考えたほうが適当であるとされている。

このような一般的傾向はあるものの、Inglehart and Baker は文化による世俗合理主義と自己表出主義の相違を強調しており、それは経済的な豊かさの程度には決して還元できないし、近代化によってそのような価値観の違いが収斂するという説にも否定的である。実際、重回帰分析には旧共産主義ダミーや主要な宗教を示すダミー変数も投入されており、有意な効果が確認されている。コーホートの効果についても検討されているが、年齢=コーホートとみなした乱暴な分析なので、割愛する。

非常にきれいな結果が出ており、これがロバストならばすごい研究成果だと思う。被引用回数も数百回におよび、かなり影響力のある研究と言える。もちろん、細かく見ていけばいろいろ間違いを見つけることは可能だろうが、それなりにデータにもとづいた、価値意識に関する大きな物語はこれぐらいしか存在しないのではないだろうか。

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