Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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Lauder et. al, 2004, 「社会学と政治算術:新しい政策科学の原理」

Hugh Lauder, Phillip Brown and A.H. Halsey, 2004, "Sociology and Political Arithmetic: Some Principles of a New Policy Science," The British Journal of Sociology, Vol.55 No.1, pp.3-22.
社会学の政策科学としてのあるべき姿を論じた論文。多くの社会学徒は社会を少しでも良くしたいと思っていると思うが、そのための手段の一つとして政策が考えられる。法律や条例の制定、通達、予算措置などなど、立法府や行政府の活動は、社会を多少なりとも良いものにするうえで、一定の有効性があると考えられる。新自由主義的な政策の強まりは、ある種の経済学の政策への影響の強まりであるが、そのことは学術的な理論やデータにもとづいた政策を作るべきだという姿勢を政府内に作り上げているようで、経済学だけでなく、社会学やその他の学問も政策への貢献が期待されているという。こういう状況を背景として、社会学が政策を改善するためにいかにあるべきか、という問題が、Lauder, Brown and Halsey の関心事となっている。彼らによれば、基本的には、以下の3点が重要である。
  • 学際的であること。政策の改善は社会学だけの課題ではないし、政策が取り組むべき社会問題は、複数の学問分野の知見をしばしば必要とする。環境問題や地震のような災害に対処するためには社会学者だけでなく、自然科学者との協同が必要なのは自明であろうが、Lauder らによれば、教育機会の不平等の研究においても、社会学だけでなく、知能と遺伝の果たす役割を遺伝学的な観点からも研究する必要があるし、経済格差の研究においても、格差が健康に及ぼす影響を検討する際には、医学が重要な役割を果たすだろう。
  • 理論的であること。社会問題を発見し、その問題の大きさを告発する場合に、質的/量的な社会調査が果たす役割が大きいことは論をまたないが、このような調査データと同じぐらいに理論も重要である。事実の記述においても、理論は重要な役割を果たすし、そのような問題が起きている原因を説明したり、その問題を改善するための処方箋を論じる場合にも、とうぜん理論が重要になるので、安易に客観性や中立性を強調して理論的な志向を排除することは、政策を論じる際にはむしろ有害である。
  • 民主的/コミュニケーション的に合理的であること。このような政策科学的な議論は、常に批判や再検討に開かれていなければならない。それは民主的な政策形成のためにぜひとも必要なことである。Lauder, Brown and Halsey はコミュニケーション的合理性という言葉は使っていないが、これはハーバマスのいうコミュニケーション的に合理的な討議に近い考え方だと思う。
このような3つの要件は、特に社会学だけに課せられたものではなく、政策に関わるあらゆる学問分野が満たすべきものであるが、社会学は、このような要件に対して特に親和的であると考えられる。社会学はその境界が曖昧で学際性が強いし、構造と主体 (structure and agency)、自己再帰性 (self-reflexivity) といった概念が重要視されており、さまざまな立場の人々の考えを踏まえた議論をすることが得意である。また、マルチ・パラダイム状況が長く続いており、複数の異なる理論の間の議論が常態化している。こういった特性は、政策科学としては好ましいとされている。

このように政策を作り上げていく際には、価値判断を行うことは不可避であり、政策科学も何らかの価値判断を前提にしたり、価値判断の妥当性を論証していくことが必要になる。Lauder らはポパーの漸次社会工学 (piecemeal social engineering) の考え方を特に称揚しており、

  1. 反証可能な命題の導出と失敗からの学習、
  2. 歴史主義の否定、
  3. 未来の予測の否定、
  4. 相対主義の否定、
といったポパーの主張は、政策科学が従うべき価値基準であると述べている。

政策決定の際には、立場の異なる人々の間で政策目標や事実認識などに関してコンセンサスが得られない場合がある。社会学者は専門家として政策論争に関わることになるが、専門家だからといって認識論的な特権性を主張できるわけではないと Lauder, Brown and Halsey は考えているようである。彼らが強調するのは、当事者や専門家、政治家、官僚などなどの間で民主的な議論がなされる必要性であり、それぞれの主張を整理したり、比較したりしながら、政策を決定していくプロセスで、専門家としての社会学者の果たす役割は大きいとされている(が、議論は抽象的で具体的に何を言っているのかは不明)。

論文のタイトルにある政治算術という言葉の定義は示されていないが、上記のような条件を満たす政策科学的な社会科学を政治算術と呼んでいるようであり、ポパーの漸次社会工学と同義であるとされている。日本の社会学者は、政治算術という言葉にはかなり悪い印象を持っているのではないかと思われるが、この論文では非常に肯定的に用いられている。また、タイトルには「新しい政策科学」とあるが、どこが新しいのかは明示されておらず、よくわからなかった。上で挙げた3つの要件が新しい点なのではないかと思うのだが、自信はない。

抽象的でポイントが見えにくかったのだが、2004年という時点も考え合わせると、ある種のポスト・モダニズム批判だったのだと考えられる。安易にメタに切り上がって、社会問題が構築される過程を記述するだけでは、社会問題は解決できないし、相対主義の重要性を強調するだけでは、マイノリティの苦境を緩和することはできない。価値判断や事実認識の正しさを積極的に議論し、それを通して少しでもマシな政策を作っていくべきだ、ということが言いたかったのだろう。

印象的だったのは、政治算術の役割は、社会問題の発見、社会問題の大きさの記述、社会問題の原因の特定=解決の処方箋の作成、と考えられていると思われる点である。政策科学という場合、政策のかなり具体的な内容を作ることに関わるようなイメージが私にはあるのだが、Lauder らの議論では事実の記述と説明が政治算術の主要な役割とされている。社会問題の原因を特定できたからといって、そこからストレートに政策を演繹できるとは限らない。例えば、不平等が心身の病気を生み出す原因の一つであることがわかったからといって、市民の健康を増進させるために、所得の再分配を強化するという政策が選ばれるとは限らない。所得の再分配は市場のメカニズムを歪めたり、働く意欲をそいだりするので、必要最低限にとどめるべきだという信念を持っている人はかなり存在している。それゆえ、所得の再分配のもたらす期待される効果や意図せざる結果に関するアセスメントが政策の策定には不可欠である。こういった政策の効果の研究は不平等の原因の研究とはかなり異なったものになることもしばしばあろう。政策科学とか政治算術という以上、このような政策の効果のアセスメントまでやるものだというイメージが私にはあるのだが、Lauder, Brown and Halsey はそこまでは考えていないようであった。

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