Theoretical Sociology

太郎丸博のブログです。研究ノートや雑感などを掲載しています。(このページは太郎丸が自主的に運営しています。京都大学の公式ページではありません。)
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米国における科学と宗教に関する態度の三類型:ポスト世俗的保守層の特徴

Timothy L. O'Brien and Shiri Noy, 2015, "Traditional, Modern, and Post-Secular Perspectives on Science and Religion in the United States," American Sociological Review, Vol.80 No.1, pp.92-115.
科学に関する知識と宗教と科学に関する態度を潜在クラス分析にかけて、三つの潜在クラスを抽出し、それらの社会・人口学的特徴と、宗教と科学技術にかかわる政治的イシューに関する賛否との関係を分析した論文。米国では宗教と科学との対立が顕著で、宗教関係者が進化論やビッグバンといった学説を否定し、学校でこれらの科学的知識を教えない州もあるという。それゆえ、科学と宗教のどちらを信じるのか、といった対立が生じやすいのが米国的な文脈のように思う。米国に限らず、知識の形式合理性や普遍性を高めようとするのが科学であるとするならば、科学の発展は近代化の重要な要素であるともいえる。ただし、ヴェーバーによれば、キリスト教(典型的にはカルヴァン派のプロテスタント)のような世界宗教は極度に普遍性と形式合理性を高めた教義を持っているので、科学と宗教を形式合理性や普遍性の程度で識別しようとするのは無理があるように思える。

さて、米国では上のように科学と宗教の政治的な対立があるので、人々のこの問題に対する考え方 (perspective) は、科学を重視するタイプと宗教を重視するタイプに基本的には分けられるだろう。しかし、科学と宗教の両方を受け入れるような第三のタイプも考えられる。日本人の場合、科学と宗教の両方を信じることに抵抗感を感じる人のほうがむしろ少数派であろうから、米国でも似たようなタイプの考え方をする人がいても不思議ではない。実際、科学的知識の多くは保守的なプロテスタントの教義と矛盾しないし、保守的なプロテスタントの教義の道徳的な部分(例えば、隣人を愛せ、とか、人を裁いてはならない、とか)も科学的知識と矛盾しないだろう。もちろん世界の起源や神の存在など両者が対立する論点もいろいろあるので、それらについては科学か宗教のどちらかを支持せざるをえない(あるいは両者が両立できるように教義や学説の解釈を変更する必要がある)が、できるだけ両方を受け入れるという考え方は米国においても可能であろう。このような考え方は、ポスト世俗的 (post-secular) と呼ばれている。世俗化(宗教の衰退)の後にポスト世俗的な態度が生まれたかどうかは疑わしいが、ポストモダニストが好きそうな議論なので、「ポスト」をつけるのはあながち不適切とも言いにくい。

理論上は科学も宗教も信じない、という考え方も存在しうる(科学からも宗教からも疎外されている?)が、後述のように潜在クラス分析からはこのような態度は抽出されていないので、存在したとしても非常に少数派ということのようである。

ポスト世俗主義のような態度類型が実際に存在するかどうか確かめるために、GSS 2006, 2008, 2010 のデータを使って潜在クラス分析を行っている。指標として用いられている変数は、以下の 3種類からなる。

  1. 科学的知識を Yes/No で問う 14問のクイズ。例えば、
    • 地球の中心は非常に高温である?
    • すべての放射性物質は人工的に作られたものである?
    • 父の遺伝子が子の性別を決定する?
    といったもので、進化論やビッグバンのような論争的なトピックにかかわるものも含まれている。
  2. 科学に関する態度をたずねる以下の4つの意見に関する賛否(4点または 5点尺度)。
    • 科学は次の世代により多くの機会を提供する (create more opportunities)
    • 科学のせいで生活がせわしなくなりすぎている (make life too fast)
    • 科学は政府の予算でサポートされるべきである
    • 科学の生み出す利益は、科学の生み出す不利益よりも大きい
  3. 宗教に関する態度を尋ねる以下の 2つの質問。
    • 聖書は (1) 神が実際に発した言葉か (actual word of God)、 (2) 神の言葉の示唆を受けたものか (inspired by the word of God)、(3) そのほとんどは神話と寓話であるか (filled with myths and fables)、
    • 宗教的信念の強さを尋ねる 4点尺度(の質問)。ワーディングは不明。
潜在クラス分析の結果、3つの潜在クラスを仮定したモデル(3クラスモデル)が採択されている。BIC が最小になるのは 6クラスモデルであるが、Lo-Mendell-Rubin (LMR) の尤度比検定では、3クラスモデルが最適とされている。先行研究では従属変数がカテゴリかるである場合や潜在クラスの比率が不均等な場合は LMR の尤度比検定のほうが適切であるとされていることが、3クラスモデルを採択した理由として挙げられている。

まず全般に科学的知識が比較的乏しく科学に否定的で宗教的信念の強いクラスが 43% いると推定され、逆に科学的知識が比較的豊富で、科学に肯定的で宗教的信念が弱いクラスが 36% と推定される。前者は伝統的考え方 (perspective)、後者は近代的考え方と呼ばれる。最後の 21% がポスト世俗的考え方と命名され、科学的知識はしばしば近代的考え方と同程度かそれ以上に豊富であるが、ビッグバンと進化論に関しては誤っている(正確には知識はあるが、あえて否定していると思われる)。ポスト世俗的考え方は、科学に対しては、伝統的考え方と近代的考え方の中間程度の支持を与えているが、伝統的考え方よりも宗教に熱心である。

社会・人口学的変数と三つのタイプの考え方の関連を見ると、ポスト世俗的考え方の持ち主は 51% が保守的プロテスタントで、他の二つよりも顕著に多く(伝統的考え方はカソリックが 27% で最も多く保守的プロテスタントが 26%、伝統的考え方の持ち主は特定の宗派に帰属しないものが 36% で最も多い)、女性比は伝統とポスト世俗でやや高く (58% 前後)、平均教育年数は、近代、ポスト世俗、伝統の順で高い。白人比率は近代とポスト世俗が 86% 前後で、伝統は 60%、平均収入も近代とポスト世俗のほうが伝統よりもやや高い。政治的保守度(conservative vs. liberal) はポスト世俗、伝統、近代の順で高い。平均年齢は2歳ほど近代が低い。つまり、ポスト世俗は伝統と近代の中間に位置する場合もあるのだが、必ずしもそうとは言えず、やや学歴では近代的考え方の持ち主より低いが社会経済的地位はおおむね近代的考え方の持ち主と同じであるものの、政治的には伝統よりも保守的である。つまり貧困で無知蒙昧だから迷信を信じているのではなく、確信犯的に保守的態度をとっているとでもいうべきか。

上記の結果は、回帰モデルで他の要因を統制すると若干変わってくるが、おおむね同じ結果が得られている。この話の面白いところは、ポスト世俗と命名された潜在クラスが、伝統と近代の中間に必ずしも来ず、伝統的考え方の持ち主よりも政治的には保守的であるという点である。ただし、彼らは宗教と直接関係ない問題(原子力発電や遺伝子組み換え食品)では、近代的考え方の持ち主と同じような考えを持っており、宗教的教義とはっきりと対立する問題についてだけは科学と対立すると考えられる。日本で同じ分析をして同じような結果が得られるとは思えないが、科学に対する態度と政治的な世論の関係はおもしろい問題だと思った。日本の場合、宗教があまり政治的なイシューになっておらず、むしろ、歴史修正主義や集団的自衛権をめぐって、歴史学者や法学者の学問的な知見と保守派の世界観が真っ向から対立したことが記憶に新しい。このような日本の政治的保守派の科学観や社会経済的地位がどのようなものなのか、知りたいところである。

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