Katherine M. Haskins and H. Edward Ransford, 1999, "The Relationship between Weight and Career Payoffs among Women," Sociological Forum, Vol.14 No.2, pp.295-318.社会経済的な地位達成 (career payoffs, 収入と職業的地位で測定される)と肥満のあいだに関係があることは、米国で繰り返し指摘されている。こういった傾向は特に女性に顕著であり、男性に関しては両者に有意な関連が見られない、といった報告も少なくないようである(ただし、この論文が出版された 1999年の時点で)。このような違いは女性差別の一つの現れであり、女性の性的魅力は外見によって主に決まるのに、男性は外見の重要度が相対的に低く、能力や人柄、地位、権力といったことも性的魅力と関係する。女性の採用や昇進を決定する担当者 (gatekeeper) が、このような性的魅力にもとづいて太っている女性を差別するために、太っている女性は痩せている女性に比べて社会経済的地位が低くなると言われている。もちろん自己管理能力のような要因による疑似相関とか、地位の高さが肥満度に影響している、といった逆の因果の向きも考えられようが、それだと男性で女性ほどには肥満度と地位の間の関連が出ないことを説明できない。この論文で特に注目しているのは、痩せていることが地位達成に影響するのは、どのような職種においてか、という問題である。Haskins and Ransford は、女性が組織の外部の人々(顧客や取引先)と接する機会が多いような職に就いている(あるいは就こうとする)場合、痩せていることが社会経済的な地位を高める効果があるという仮説を示している。また、伝統的に男性の多い職種では(あるいはそのような職種に就こうとする場合は)、痩せている女性のほうが太っている女性よりも社会経済的な地位を高めやすい、という仮説も示されている。前者は外見が特に重要な職種なのでそれが生産性/業績に影響したり、採用担当者の判断に影響したりすることが想定される。後者については、特に女性が入りにくい職種であるために、より完璧な女性だけが評価される、つまり、能力や実績だけでなく外見もパーフェクトな女性だけが評価される、といった説明がされている。
サンプルは米国のある軍需企業(航空機製造)の女性従業員からの無作為抽出であり、専門職・管理職をオーバーサンプリングしている。1988年に郵送調査が実施され、回収率は 33% である。有効サンプル・サイズは 306。肥満の程度の測定はやや複雑で、米国の標準体重より体重が重いか軽いかを基準に計算されている。標準体重の範囲ならばゼロ、標準体重の範囲の上限を超えているならば何パーセントオーバーしているのか、標準体重の下限よりも低い場合はその超過率にマイナス1をかけあわせて、一つの変数としている。これは現在の体重とこの企業に勤め始めた時点での体重の両方で分析されているが、どちらを分析してもほぼ同じ結果だそうである。
従属変数を年収とした場合、肥満度が女性の収入に影響をおよぼすのは、専門管理のエントリー・レベル職(e.g. Junior Engineer and Program Manager) だけで、ブルーカラーや事務職、上位の専門管理職 (e.g. Senior Engineer and Director of Accounting) 、では肥満度は有意な効果がない。これらのサンプル全体で同様の分析をしても肥満度は女性の収入に有意な効果を持たない。男性の多い職種とそうでない職種にわけて同じ分析がなされているが、やはり肥満度は有意な効果がない。現職の職業的地位を従属変数とすると(尺度は不明)、全体サンプルでは肥満度は女性の地位を下げる有意な効果が見られる。このような効果は、会社の外部の人と接する機会の多い職でも少ない職でも同じであり、仮説に反する結果である。男性の多い職種と少ない職種に分けて分析すると、肥満度の効果は異なっており、男性の多い職種に限定すると、肥満度が高いほど職業的地位が低いが、男性の少ない職種では肥満度は有意な効果はなく、これら二つのサブサンプルに関する肥満度の傾きの差は片側 5% 水準で有意であった。
以下では順不同で感想を書いていく。米国であれば収入に関してももっとはっきりした効果が出ると思っていたが、収入と肥満度の関係はよく言われるほどには強くないという結果であった。職業的地位に関してはおおむね仮説通りの結果であるが、社外の人と接する職で特に肥満度の効果が強いという仮説は支持されなかった。これは営業や受付、仕入れ担当者など特定の職種に集中していると思われ、あまり職業的地位のばらつきがないことと関係しているのかもしれないが、そもそもこれらの職種で成功した人は管理職のような別の職種に昇進したり、移動したりしてしまうかもしれない。また、社外の人と接しようと接しまいと、結局評価するのは上司なので、社外の人の評価はあまり重要ではないということなのかもしれない。
せっかく一社に限定してサンプルをとっているのだから、もっと細かい情報が得られるはずで、それを利用した分析がなされていないのは残念であった。ただ、どのような職種で特に肥満度が効くのか、というアプローチは生産的だと思った。男性の多い職種ならば仕事のパフォーマンスに女性としての美しさは関係ないはずなのであるが、やはり関係があるという結果は面白いと思う。男性の多い職種とはブルーカラーと専門管理職なので、けっきょく管理職や専門職には痩せている女性のほうがなりやすい、逆に言えばブルーカラーの女性のほうが太っているということである。分析のやり方が適切かどうかには疑問があるが(職業を従属変数としているのに職種でサンプルを分割するのはセレクション・バイアスを生じさせる可能性がある)、方向性はいいと思う。
Haskins and Ransford の解釈で勉強になったのは、痩せているということの両義性の指摘である。彼らより前から類似の解釈はあったようであるが、痩せていることは、近代社会では女性の美しさの条件の一つであり、女性性と結びついている。しかし、その一方で自己管理能力や意志の強さを示すものでもあり、これらはむしろ男性性と結びつく。つまり痩せているということは女性らしい美しさの兆候であるとともに男性らしい意志の強さの兆候でもあると解釈できる。つまり、完璧なワーキング・ウーマンの外見にふさわしいというわけである。